定年後の読書ノートより
「対テロ戦争」とイスラム世界、板垣祐三編、岩波新書
9/11NY同時多発テロに関し、自分自身はどう考えているか?

ウサーマ・ビン・ラーディン氏にしろ、アルカーイダのメンバーにせよ、反米感情に燃える民族主義者ではあっても、人民大衆の貧困からの脱出を求め権利獲得を志向する民主主義者達ではない。民族主義者の行動には、自分には以前から納得出来ないものがある。民族主義者の彼等の主張は支持しかねる。

9/11に関するアメリカの行動をどう評価しているか?

アメリカは、事件が全てアメリカ自国そのもので準備されたにも関わらず、「対テロ戦争」との名義づけで「非自己」を装う。アメリカは自分の矛盾から逃げ切れるものではない。やがて多面的応酬の泥沼の中に溺れていくだろう。

アメリカのメディアは今どんな過ちを侵しているか?

報道の便宜上創り出した「イスラム原理主義」とかいう言葉に自らはまってしまっている。これを「過激派」という言葉に置き換えたにしても、所詮は、ムスリムへの蔑称に過ぎない。これらの蔑称は、「テロ」の背景や原因を分析しようとする姿勢が感じられない。

ムスリム達はどうして自縛テロという過激極まりない戦術にたよるのか?

  1. テロリストへの道は自宅のテレビ放映の現実から、イスラム教徒が追いつめられ、虐殺されていると彼等は確信する。
  2. ムスリムは国境を越えて、多国のムスリムまで同胞と考え、その苦境を我がことのように嘆き苦しむ。一緒に戦おうと決意する。
  3. 自分が闘わない限り同胞は敵に虐殺され続けると信ずる。
  4. 従って、「テロ」を根絶したいのなら、アメリカは「同胞」が虐殺されていると考えずなくても済むような抜本的戦略変更が必要だろう。

なぜ世界はパレスチナの惨状に対して沈黙してきたのか?

パレスチナ問題の裏には、アメリカとイスラエルの政治的、軍事的同盟がありパレスチナ問題の向こう岸にはイスラエル問題があり、イスラエル問題の背後にはキリスト教世界があると考え、アメリカの不善に抗しえない。

もう一度自分自身のイスラム問題の観点について

米政府が実行犯と挙げている者達の中に、貧困層出身者はいない。むしろ豊富な資金を約束された富裕層の青年ばかり。彼等には「貧困問題」は自らの関心事の外にある。彼等の関心は、民族・宗教間での不公正さが、パレスチナ人の悲惨な境遇そのものが、政治的暴力に訴えてもアメリカに抗し、助けたいという主張である。「公正」「不公正」この概念が、テロリズムの動機になっている限り、アメリカは自己を制御して、公正に臨むべきである。

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