定年後の読書ノートより
芥川龍之介、関口安義著、岩波新書
芥川文学に関しては、高校時代から何度も読み返した宮本顕治著「敗北の文学」の世界から、どこまで大きくなっているかが、興味があった。

著者自身も、「はじめに」でこう書いている。

芥川の文学は、思想的立場が弱いと糾弾されてきた。理想とされる社会主義の世界が実現しても、そこには解決出来ない人間の生存にまつわる問題が残るという芥川の認識は、芥川の限界としてマイナス評価されてきた。

しかし現在あらためて、そこに彼の先見性が見えてくる。芥川は人間の営みにまつわる悲しき原罪を知っていた。ここに芥川文学の現代的意義がある」と。

しかし、この新書に関する限り、関口氏が、芥川のどの部分を再評価して、こういう結論を書いたかそれは把握出来なかった。

芥川の生涯を詳細に追いつめていったということが、関口氏の功績かも知れない。

芥川の父、新原敬三は幕末の志士の一人であった。しかし芥川は1才にして母の精神障害から母方の親戚に預けられた。叔母フキは龍之介の母親代りとして、生涯彼の世話をしたと同時に、捨てられた原稿用紙まで丹念に保存するコレクターであり、お陰で芥川資料は膨大な長期現物資料が残されている。

大学時代の芥川は秀才文士として、まぶしい光の中で繊細な神経を研ぎ澄ましていった。しかし、その間にも、結婚に関する芥川家の干渉とか、出版新企画に対する同僚作家の妬みとか、親戚筋の弁護士稼業の男の自殺によって、ますます生活負担の増加に追いつめられていったとか、関口の調査による芥川の個人的な内面苦悩は蓄積されていったことはこの作品によって我々も理解出来る。

最後には女性問題も複雑にからみあい、キリストへの救いだけが、心の支えだったと記している。

そして自殺、多くの人々の弔辞に芥川の真実を見ようとする関口氏、一方宮本顕治氏は多くの文化人達は誰も芥川の真実に迫ろうとしなかったと断罪している。

さて、あらためて問う。幾つかの新しい芥川像に接したが、宮本論は揺るいだか。いや自分にとって、未だ宮本論を超える芥川論には出会っていない。そう断言したい。

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