定年後の読書ノートより
再生産論と恐慌(3)、マルクスの理論形成の道筋をたどる、不破哲三著、雑誌経済
過日の「青年のつどい」での不破さんの講演は、青年は2つの目を持たなければならないとのお話だった。1つの目は現実をきちんと見つめる目、もう1つの目はその本質を見抜く目を!というご指摘だった

今現実の社会には失業者が500万人もあふれている恐慌の中にある。この恐慌の恐ろしさをじっと見つめる目と共に、何故恐慌がこうして資本主義経済では周期的にやってくるのか。人々は、深刻な生活不安に直面し、恐慌の度毎に貧富の格差は広がっていく。資本主義経済では何故恐慌がおきるのか、これは全ての人の最大の関心事である。

マルクスは資本家と労働者の対立を最初に、あるひとりの資本家に対し、彼に仕える労働者の場合を考える。資本家は労働者を出来るだけ安く使おうとする。しかし社会全体から見た場合、他所の労働者は自分の商品を買ってくれる消費者であるから、商品を多く買ってくれるべく、多くの給与を貰って欲しいと望む。自分の労働者を安く、他人の労働者は消費者だから高い給与をと望む。この矛盾が恐慌の原因だと指摘する。

しかしこの指摘ではあまりにも漠然として、抽象的すぎる。

そこでさらに生産と消費を価値論で考えていったのが、再生産論表式である。これはマルクスが恐慌を解析する論理として考えだし、「資本論」第2部第3部に展開されている。不破さんは、この再生産論がどのようにしてマルクスに浮んできたかをロンドンノートと言われる「57〜58年草稿」「61〜63年草稿」や、「経済学批判」、「剰余価値学説史」、「資本論草稿集」を丹念に読みながら、その経過を追跡していく。

すでに、不破さんの この[再生産論と恐慌] 雑誌「経済」連載第1回に、大変興味深い資本論に対する一つのミステリーが指摘された。

何故資本論第3部の恐慌論と第2部の恐慌論の間に、論理のギャップがあるのかと。実はこの謎の答は、マルクスがロンドン亡命先で経済学を勉強し始めた時に書かれたノートの中にあるとの指摘で興味は一気に高まった。すなわち、この謎を解明するために不破さんは「ロンドンノート」を1歩づつ追求していく。その過程でマルクスの天才的な頭脳に、経済学の幾つかのテーマがどう解析されていったか、その足跡が見えてくるから面白い。

マルクスの思考方法は、まず第1段階の、画期的なひとつの論理の単純な構想が浮び、これを草稿に書き留められていく。続いて外の従来テーマの執筆に戻っていく。しかし最初の論理は、その後もマルクスの頭の中では考察が続いている。そして先達の論文を読んでいて、ある時突然その解決ヒントが発見されると、再び第2の論理段階にマルクスは没入し、ノートへの記述も深まっていく。この過程を不破さんは幾つかの古典資料を縦横に読みこなして追求していく過程が実に面白いし勉強になる。

自分は資本論の第1部は読んだが第2部・第3部は未読のままである。読んでも理解出来ないというのが正直なところだが、マルクスが死にいたる時まで、資本論第2部・第3部の原稿は整理出来ておらず、エンゲルスがマルクス死後膨大な原稿を娘さん達の力を借りて、整理し、編纂したという経過は、資本論第2部・第3部は未完文書ではないか、それを必死で解読するのは、なにか中途半端に終るような気もして、未だ第2部を読んでないという言い訳もあった。しかし今回不破論文を読んで、ヨシ自分もいよいよ資本論第2部ヘ挑戦していこうかなと考えるようになってきた

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