定年後の読書ノートより
再生産論と恐慌―第6回―、不破哲三、雑誌経済6月号
いよいよ「資本論」第3部に入った。第3部の草稿を書き始めたマルクスは、途中で第2部第1草稿の執筆に戻り、再び第3部草稿に戻っている。マルクスは、利潤率の傾向的低下の法則の中に、資本主義の没落を運命づける最大の危機的矛盾を見ている。しかし、不破さんは、利潤率の傾向的低下の法則の問題と、恐慌論は切り離して論ずるべきだと主張する。利潤率の低下の法則とは、不変資本と可変資本の区別、剰余価値を生むのは可変資本だけであること、剰余価値率と利潤率の区別、剰余価値率が同じでも不変資本と可変資本の割合(資本の構成)が違えば利潤率は違ってくる。このことが考慮されれば、生産力の発展とともに、経済体制の如何に関わらず、利潤率の傾向的低下の法則は成立する故、この法則を恐慌と同じく論ずることを不破さんはおかしいという。

資本論、第3部第5編は信用制度を論じている。しかし、この編は資本論全巻の中で、最も未完成であり、エンゲルスも、この編集には4年間もかけている。

この編は、信用の世界に科学のメスをいれる。資本主義経済を周期的に襲う恐慌と信用の間に、どんな関係があるのか、恐慌の真の原因は、信用制度やその運用上の問題に求めるべきなのか、それとも別のところにあるのか、信用が恐慌の原因でないとしたら、景気循環の中で、信用の役割は何なのかなど、周期的恐慌と、信用制度の関係を追及することにある。

商業が発展し、もっぱら流通だけを考えて生産する資本主義的生産様式が発展するにつれて、信用制度は拡大され、一般化され、仕上される。

生産者と商人の相互的前貸しが、信用制度本来の基礎をなしている。信用制度のもう一つの側面は貨幣取引き業者の特殊機能として、利子生み資本あるいは貨幣資本の管理が、商品取引き業の発展と歩調をそろえ、貨幣取引き業を発展させていることである。

銀行の業務は、一方では貸付け可能な貨幣資本を大規模に自分のもとに集中することであり、他方では借り手達をも集中さす。

商品の売買のもと、現金によらず、手形で売買するということは、信用のもっとも基礎的な出発点である。この信用関係では、商品を売った側が債権者、商品を買った側が債務者になる。

債権と債務の連鎖が大規模に発達すると、どこかで起きた「撹乱」を、世界全体に広げ、貨幣恐慌を引き起す破壊的な力に転化する。

銀行資本は、産業資本と商業資本が「生産のための生産」の旗印のもとで、生産の無制限な拡大の道を走るため、最強の応援団の役を果たす。

再生産過程を極限まで押し広げて過剰生産、過剰取引き、過剰投機を必至のものとするということは、「生産のための生産」「生産の無制限的な拡大」という資本の衝動を現実化する。

「生産のための生産」という資本主義的生産様式の本来の衝動は、搾取と利潤の追求を目的とする資本主義固有の目的に従って、生産諸力の発展は「制限・束縛」を「突破」して、拡大し、現実化する。

信用制度がなかったら実現しえなかったはずの生産諸力のいっそうの発展を可能とするところの、信用制度の役割があるというのが、マルクスが提起している問題である。

信用制度がどのようにして再生産過程を極限にまで押しひろげるか、そして資本主義的生産様式に内在する諸事情、諸制限をいかにして突破するか、これからの研究課題である。

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