定年後の読書ノート
再生産論と恐慌9、マルクスと資本論、不破哲三著、雑誌経済9月号
マルクスは資本論第1部を刊行したあと、第2部、第3部の仕上の仕事に取り掛かる。しかしその結果、原稿執筆作業が残っているのは第2部だけで、しかもそれも未完のままでした。自分はどうしてマルクスが資本論を未完に終らせたのか、今もその疑問が大きく残っています。しかし不破さんはこの問題にはあまり深入りせず淡々と進んでいきます。先ず第2部で最初に取り上げられるのは循環論。資本が生産過程と流通過程を通過して、出発点に復帰する資本の循環です。恐慌は、消費的需要の、個人的消費の為の需要の、直接の減少においてではなく、資本と資本の交換の、資本の再生産過程の、減退において、目に見えるようになるとマルクスは書きます。

循環論に続いて、マルクスは回転論、すなわち循環を繰返す資本の運動を資本の回転として取り上げる。回転論では、固定資本・流動資本の規定を解明したあと、恐慌が固定資本の大量更新の時期と重なることから、運転設備の更新を社会的規模で強要するものとして恐慌を位置づけている。マルクスは固定資本の平均償却期間10年と、恐慌の周期との合致を結びつけている。

資本の回転論に関し、マルクスは、資本主義的生産様式のもとでは、社会は、いろいろな生産部門の間での資本と労働の配分などを、合理的に解決することが出来ず、そこでの矛盾や不均衡が恐慌という形態をとって現れることを指摘している。長期・巨大な事業での資本の回転をめぐる考察の中では、1856年のフランスの経済恐慌は、鉄道建設への大量の資金の投下とそこでの資本の固定化にその重要な要因の1つがあると言っています。

恐慌にとって何が問題なのか。重要なこと、マルクスが恐慌の根拠として規定したのは、消費のせまさそれ自体ではなく、「生産と消費の矛盾」だということです。消費が限られた限界のなかでしか変動しえないのに、生産はいかなる制限も乗越えて拡大しようとする、ここに恐慌の根拠・原因があって、破局への推進力は生産の無制限な拡大をめざすこの傾向、この衝動にこそあります。労働者階級がいつもよりも「より大きな分け前」をえたとしても、生産が、消費の「より拡大された」その限界をさらに乗越えて拡大の道を進むなら、恐慌を避けることは出来ない。

恐慌問題を的確に理解する為には、この過程の動態的な見地がどうしても必要となります。「生産の為の生産」を起動力とする資本主義経済の矛盾に満ちた運動を動態的にとらえることを抜きにして、恐慌を単純に「生産と消費の矛盾」から説明しようとする静態的な見地では、消化仕切れない。

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