宮川彰資本論講座10周年記念


テーマ 貧困と連帯 時代はまさに資本論  特別集中講座&交流合宿

4月29日午後1時30分から6時30分 於 蒲郡温泉 ホテル竹島

第1講 労働とは何か

第2講 「資本論」で学ぶ 貧困と連帯



第1講 労働とは何か


ある女子高校生が新聞にこんな投書をした。[頑張って 株で儲けて何故悪い!] .

この素朴な考え方の裏にある不労所得弁護論に、我々はどう立ち向かべきなのか?


先ず、「労働」に対して 経済学者達は歴史的にどう考察してきたか、我々は、整理する必要がある。最後に、マルクスは 生産的な人間労働ということを言っているが、生産的な人間労働とは何か、これを本日の第1議題とする。


現在 「労働」をサービス論的な視点から見る 新自由主義的な労働論が横行している。そんな視点に立って、人間労働を、肉体労働、頭脳労働、感情労働に層別して得意顔する経済学者もいる。我々は、資本主義のもとで、生産的労働とは何かを明確にしなければならない。


マルクスは、生産的労働に関して、本源的規定と、資本主義歴史的規定を明確にした。


@ 本源的規定  物質的生産に従事する労働。人間生存の基本。(資本論 第3編 第5章)

「人間が自然と物質代謝を彼自身の行為によって媒介し、規制し、管理する1過程。」


A 資本主義的歴史規定  労働とは資本ー賃労働関係のもとで収益をもたらす振る舞い

(資本論 第5編 第14章 868p参照)

資本主義的生産は、商品の生産であるだけではなく、本質的には剰余価値の生産である。労働者は自分のためではなく、資本家のために剰余価値を生産する、すなわち資本の自己増殖に役立つ労働者だけが生産的である。


生産的人間労働とは何かを、資本論原典にかえって、きちんと学びとること。。


「株で儲けて何故悪い」という女子高校生の素朴な意見に見られる如く、新自由主義的視点に対しては、はっきりと「生産的労働こそが、労働である」と主張しなければならない。新自由主義のサービス論では、労働をサービス論で位置づける。しかし、この世で「役立ち=サービス」でないものはない。極論すれば、犯罪者も国民経済のGDPの引き上げに貢献している。しかし、こんな恣意的に仕組まれたこんな論法=新自由主義的労働観に巻き込まれていくと、ブスブスな論理によって、労働者が主張すべきところが、主張できなくなってしまう。これが、新自由主義の思うツボでもある。。われわれな、そんな過ちを起こさないように、基本的な労働観をきちんと確立せねばならない。


「労働とは何か」 第1講のまとめとして・・・・


人間として、自然に働きかける。その過程には、人間としての意思が働き、結果に対する考察がある。これが労働だ。蜂の館がどんなに精巧でも、人間の館とは基本的に違う。ここのところをきちんと理解すること。資本主義社会では、労働者は、資本家の剰余価値蓄積に寄与することだけが求められる。従って労働者は、労働の喜びも知らないし、生きがいにもつながらない。若きマルクスが唱えた「人間疎外」と言われる労働者の空虚感だけが労働に対して残る。人間疎外の解放の為には、資本主義そのものを乗り越えていかねばならないことを、マルクスは明確に示している。


第2講 「資本論」に学ぶ 「貧困と連帯」


憲法25条 「生存権」保障は、人類社会の到達した普遍的価値である。

資本主義経済は、剰余価値法則 / 賃金法則 / 蓄積法則によって、その実現を妨げられている。このカラクリを見破り、ルールある経済社会の実現を目指さねばならない。


労働者は 合法的に 搾取されている。


搾取=剰余価値創造に関して、過去 経済学者はどのように語ってきたかを 学ぶこと。

重農主義ケネー 古典派スミス  リカード  ロートベルトウス 等の剰余価値論を学びなさい。歴史的に剰余価値学説の推移の中から、合法的搾取のカラクリが見えてくるようになります。

 

これに対して俗流経済学諸説は真相を見え難くしています。 

俗流諸説を見抜くには、先ず資本とは何かをきちんと把握すること。


資本とは何か


資本とは自己増殖する価値である。 GWG’’ 資本運動は、資本ー賃労働関係という階級関係を前提とし、労働者階級と資本家階級との対立軸がここに登場してくる。


資本の価値増殖は労働者の剰余価値生産に基づく。


資本の価値増殖過程=搾取の仕組みは、先ず賃金論を学ぶことによって見えてくる。

資本・賃労働関係のもとでは、資本運動は 「搾取」「不労所得」を生み出す。

このことをテーマとした、宮川彰先生の、下記の文献が抜粋紹介された。


貧富格差構造の詳細 資本蓄積と分配問題の原理的解明


「学説史」から始める経済学ー剰余価値とは何か」 宮川・大村・大和田編 八朔社


資本蓄積と分配問題の原理的解明


1、課題

資本論 第1巻第7編 「生み出された剰余価値の創出がどのように資本に再転化され、誰の懐にどのように取得されるか」。剰余価値は富の財源である。ここに経済格差論、貧困化論、賃金論や収入分配論など、議論がある。


資本論 第1巻第7篇「資本の蓄積過程」、第21章「単純再生産論」、第22章「剰余価値の資本への転化」の主題である。富裕化とともに貧困化をもたらす蓄積メカニズムの秘密にメスをいれることが主題である。


資本の蓄積とは生産活動の規模が大きくなることを意味する。しかし、それは社会的には、経済格差の拡大として現れる。そしてまた 資本の蓄積は、同時に反対側の極での貧困化の法則の展開でもある。

資本家階級 vs 労働者階級の対峙が、近代的私有財産の帰属の問題となる。


2、単純再生産

資本主義社会における労働関係では、賃金として払い出される貨幣部分は、生産者の維持再生産の為に必要である部分、これが可変資本である。

不変資本は、再生産の反復で、蓄積された剰余価値に成り変わる。

単純再生産の基では、富の出自はすべて労働者の不払い労働、剰余労働から成り立つ。


労働者は目に見えない糸、資本賃労働関係によって、所有者につながれている。


3、蓄積・拡大再生産と資本主義的取得法則


資本の蓄積とは、剰余価値が新しい資本に転化されること。等価交換と所有の原理では極めて公正で平等な印象を受けてしまうが、内実は正反対の、資本家がますます大きな規模で剰余価値を独占的に取得することである。


等価交換の法則という形式のもとで、正反対の、不払い労働に基づく、取得増大が繰り広げられる。


資本主義経済では、不払い労働の塊である私有財産と、自分の労働に基づいて獲得した個人財産とを、同列に見てしまう過ちが誰でも起き易く、労働者のわづかな生活資材と、資本家の莫大な私有財産とを 同列な価値判断で 評価する誤った見解を持ちがちで、そこにつけこまれる。


資本主義の下では、加速度的に富を蓄積し肥え太っていく資本家と、貧困の蓄積に苦しむ労働者階級がある。しかし、表面は、契約に基づく等価関係の維持として映る。しかし、もうひとつの現実は、ひどい経済的差別や、格差の深遠が広がっている。この関係を見極めることこそ、資本主義の取得法則を解明する経済学の出番である。



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