70歳で読み直す資本論

 2月 21日講義 第1章 商品 第4節 商品の物神的性格とその秘密 を主に

2月21日宮川彰先生の講義は、商品の物神性に関するお話が主体だった。しかし、講義が終わったあと、商品の物神性とは何かと質問されたら、どれほど多くの受講生が即座に正しく答えられるだろうか。

自分は商品の物神性をどのように理解したか、ここにまとめてみたい。


神とは何か。神とは類的存在である人間が、厳しい自然環境の下、恐怖と戦い、苦しみ、悩み、救いを求める複雑な心的行為が、外的環境に対して心的混迷行為の結晶化として創造し具象化したものであり、この心的行為が作り上げた最終観念こそが、神であり、信仰である。遠い将来、この人間の心的行為は、論理的に解明され、人間は神を解き明かすこともありうるかもしれない。しかし、それは、人間の心的行為が全て論理的に解明出来たらという前提であり、この前提はまだまだ人類にとって近い将来には絶対にありえないだろう。しかし、自分の個人的見解では、人は死んだら再生するという従来信じられてきた神的死生観をますます多くの人々は放棄し初めている現在、将来何時の日か神の自然的消滅もあり得るかも知れないと思っている。


さて、商品を解析するとそこには、使用価値と価値すなわち交換価値がみえてくる。使用価値は誰もが商品を手にした瞬間に、疑問の余地無く見抜くことが出来る。ところが交換価値なるものは、商品にぴったりとくっついているにも関わらず、人々はこれを目にすることも出来ないし、実感することも容易ではない。


商品には、価値、すなわち交換価値が隠されている。これは社会的諸関係の全体を意味し、奥深く隠れているものでもある。ここには、人間が生きて、社会を形成する現実が見え隠れする。これは、商品にとって深遠なる神の如き意味合いでもあり、マルクスはこれを商品の物神性と名づけた。


商品の使用価値を認識するのは容易である。しかし商品の価値、すなわち交換価値を認識するのは、難しい。しかし 人間は現実的であり、聡明である。人は商品の交換価値を値踏みし、これを価格として表記する。しかし、商品の背後に隠された価値とは、価格だけでは表せない複雑な社会的諸関係がある。商品を生み出した資本主義社会そのものの複雑さが、商品の背後にはある。これをマルクスは商品の物神性と名づけた。


詩人であり、偉大なる芸術家でもあるマルクスは、独特の表現センスでもって、商品の価値を商品の物神性と名づけた。

ここをクリックすると表紙に戻れます