c6-2 宮川彰先生 516日 講義 記録


第1巻 第2篇 第4章 貨幣の資本への転化 〜 第5章まで


いよいよマルクス資本論の最高峰である、剰余価値論に入ってくる。今日の講義はすごくよく理解できた。予習がきちんと出来ていた為もあろうが、塚本氏も言っていたが、先生の講義はすごく判り易かった。

最後の10分間で話された、メルヘンと戯曲で楽しむ剰余価値論が素晴らしい。誰もが、本日の講義の真髄であるG-W-G'の意味を理解するのに、明確なイメージを教えられた。


W-W とは物々交換で、幸運と、努力と、能力で幸福を掴む「わらしべ長者」のお話は物々交換における ものの有用性(使用価値)のアップが富裕に登る道であった。しかし、物々交換そのものの、交換価値は同じである。


「つるの恩返し」の話には、商品交換 W-G-Wが仲立ちして富裕化。ここには、商人的行為 G-W-G'はない。商品交換W-G-Wのままで、貨幣はしあわせの下僕に過ぎなかった。


戯曲「夕鶴」には、悪徳商人が介入し、世俗的欲望により、愛の破局が描かれている。夕鶴には、G-W-G'の貨殖の自己目的化による富裕化への追求が、無償愛の自己犠牲を強いる世界が描かれている。


この事例は、W-WW-G-WG-W-G'の根本に流れている差異を理解する上に、実に理解し易いパターン化である。


本日の講義の背景にあるのは、資本主義の搾取とは、合法的であり、合法的搾取ゆえに、そのカラクリをきちんと見抜けないと、資本主義が何故いけないかが、理解できないことを示している。


労働搾取は、自由な労働者と自由な資本家が、自由契約に基づいて行っている合法的で、決して、悪の権化でも 良心の対立物でもない行為なのだ。それ故に、資本主義の最大の謎、剰余価値に切り込んでいくのは、難しい。


まず、全ては合法的であることを忘れるな。


合法的やり取りの中で、その搾取の秘密を解き明かすのは G-W-G'の意味をきちんと理解することから始まる。ここをあいまいにしておいては、今後、資本論を学んでいくのに、足元を照らす灯火を手放すようなものだ。


剰余価値をきちんと学びとる、これが資本論学習の最大キーポイントである。

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