定年後に読む資本論
13章、機械設備と大工業 第5節、労働者と機械の闘争
  • 19世紀イギリスで荒れ狂ったラダイット運動は、結局弾圧の口実を与えることになった。労働者は機械から社会に目を移すには時間と経験が必要であった。・・・ラダイト運動は、いつか勉強したい・・・・
  • 機械によって生存条件を破壊される労働者数が多ければ、資本の増殖も大きくなる。資本主義的生産の体系では労働者は自分の労働力を売ることを基礎にしている。機械操作だけが熟練技術である労働者は操作が機械に置き換わるや否や自分の使用価値、交換価値が一息に消滅する。それは、あたかも通用廃止になった紙幣と同じように。・・・・・・・リストラが吹き荒れる労働者諸君よくマルクスを聞き給え・・・
  • 機械が登場したインド総督曰く[この窮乏は、類例を見ない。木綿織布工の骨は、インドの平原を真っ白にしている]・・・・・・この歴史詳細を調査、解析していくのも、我々産業考古学の仕事と思う・・・・・・
  • マルクスのユアに対する強烈なる毒舌。「ユアの著作は1835年に、すなわち工場制度の発展がなお比較的低い時期に刊行されたものであったとはいえ、あけすけな恥じ知らずの故だけではなく、また資本家の頭脳の愚かな矛盾をしゃべりまくる素朴さの故にも、工場精神の典型的表現なのである。たとえば彼は、機械の急速な発展がいかに労働者達の利益になるかを、ながながと説教した後で、労働者にたいしては、君らは反抗やストライキなどをすれば、機械の発展を速めるのだと警告する。「このような暴力的な反抗は」と彼は言う「彼らの軽蔑すべき性格、すなわち自分を自分の絞首刑吏にする人間の性格のうちに、人間のあさはかさを見せている」ところが、その数ページ前では、反対のことが言われている。「労働者たちの間違った考えにより引き起こされる激しい衝突や中断が無かったならば、工場制度はずっと発展したであろうし、すべての利害関係者にとってはるかに有益に発展したであろう。」と。

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