定年後に読む資本論
第7章 剰余価値率 第3節シーニアの「最後の1時間」
  • オクスフォードシーニア教授のこざいく。不変資本と可変資本、労賃と剰余価値の分析も出来ずに労働時間解析するあつかましさ。その上時短反対に、怠惰と悪徳を偽善ぶって主張。これを見抜く監督官。
  • 「最後の1時間」には、シーニア教授に皮肉の連続攻撃。節欲と節制の誤訳混同の裏に、教授の金儲けをちらつかせ、「最後」に掛けたあの世でも行きやがれの罵倒。
  • ところで剰余価値の正確な把握

投下資本価値以上の資本増殖分。商品流通過程からは生じない。生産過程において労働者が日価値以上の価値を生産したからである。m/vで剰余価値率は計られる。

剰余価値に関する私見

剰余価値は誰のものか。私は生産を企画し、リスクを背負い、事前投資を行う資本家に属するものだと考えている。労働者が労働して作り出したといえども、そこに生かされている知恵は、利益という尺度で表される総合バランスが働いて、生産の活性化がありうる。何故社会主義が20世紀の大いなる失敗遺産となったか、そこには利益というバランスを忘れ、エリートによる計画性効率判断こそ利益にまさると誤解した最初の未来予測の誤りがあった。利益というバランス思考で、無数の生産が総合されていく資本主義の根本は、剰余価値が資本家に属しているから成り立っている。やがて、利益にまさる指標が表れうる。その時は社会主義が資本主義より勝っていると断言出来る。

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