定年後に読む資本論
第3篇、絶対的剰余価値の生産、第8章、労働日 第6節、標準労働日獲得のための闘争
After capital had taken centuries to extend the working day to its normal maximum limit ,and then beyond this to the limit of the natural day 12 hours , there followed , with the birth of large scale industry in the last third of the eighteenth century , an avalanche of violent and unmeasured encroachment.

Every boundary set by morality and nature ,age and sex , day and night , was broken down.

資本が労働日をその標準的な最大限度まで延長し、次いでこれを超えて12時間という自然日の限界にまで 延長するのに数世紀を要したが、その後こんどは、18世紀の最後の三分の一期に大工業が誕生して以来、なだれのように強力で無制限な突進が生じた。

生産の大騒ぎにだまされていた労働者階級が、いくらか正気にもどるやいなや、彼らの抵抗が、まずもって大工業の生国であるイギリスで始まった。リレー制度とは二組の自動を朝5時半より晩の8時半まで使われる案である。資本家的な人間学によれば、児童年齢は、10才またはせいぜい11歳でおわるものであった。

工場主たちが、自分の思い通りに労働者をしゃべらせることに成功しなかったとき、彼ら自身が新聞と議会で、労働者たちの名においてますます声高に叫んだ。労働者を無慈悲にも犠牲にすると工場監督官達を非難した。

この策略は失敗した。彼らは、労働力を12時間も15時間もいのままに使って10時間分の労賃を支払ったのである。

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