人は何故恋に落ちるのか

人はなぜ恋に落ちるのか?―恋と愛情と性欲の脳科学―

ヘレン・フィッシャー博士著 ソニー・マガジンズ発行  
2005年9月初版発行  2000

 

 

 僕がこの本を読もうとした理由

 

妻孝子を亡くして早や2年が過ぎた。いつも僕の側にぴったりと空気のように寄り添ってくれていた孝子、2人で一緒になって子どもを育ててこられた幸せをいつも心の中で孝子に感謝している。穏やかにして、明るく、充実した日々を重ねられたのも、すべて孝子のお陰。僕は本当に幸せだった。有難う孝子。

 

最近、50年前の少年時代、青春時代の日記を読み返し、自分なりに整理し、最後に C’est la vie. とつぶやいた。勿論この日記を書いていた頃には、まだ愛する孝子は僕の人生の良き伴侶として僕の前には登場してはいなかった。

 

 少年時代と青春時代の15年間に及ぶ記録を読み返し 僕は重大な発見をした。人間の生きる力の源泉となっている不思議な、活力の泉とは、何だろう。それは、愛の力ではないか。常日頃、愛の力は黙って深く潜んでいるが、ある日突然、男は男らしく、女は女らしく精一杯頑張ろうと背筋を伸ばす。この不思議な愛の力とは一体何者だろう。もっと正確に、深く愛について知りたいと思った。この本は、僕の目的に充分応えてくれるものと期待して、ページをひらいた。

 

 

はじめに

 

「愛とは何か?」シェークスピアは問いかけている。人間として生を受けたもの誰もが、恋愛の恍惚と絶望を経験する。恋を科学的に解明した著者は恋愛とは3つの脳の働きだとした。まず、性的なよろこびに対する切望感、次に恋する気持ちにともなう高揚感、3つ目は愛し合う男女2人が到達する愛着感。これらを最新のテクノロジー 磁気共鳴画像(MRI)を使って脳の化学作用を解析した。「恋愛」とは人間の心理学的な欲求であり、特定な交配相手を勝ち取るための人間の本能活動である。

 

 第1章         恋に落ちたらどうなるかー特別な心理状態―

 

恋愛を描いた無数の文学がある。恋に落ちるとまず意識は大きく変化する。愛する相手は、新鮮で、唯一の、なによりも大切な存在となる。愛に取り付かれた人は、ほとんど愛する相手のことだけしか目に入らない。人は起きている時間の85%は、「愛する人」について考えてしまう。愛が実れば恍惚感を味わい、熱情が拒まれれば、不安と絶望にさいなまれる。

 

 世界中の詩は、愛する人と性的に結ばれたいと詠う。フロイトも、性的欲望こそが恋愛の中心だという。恋人達は、相手を性的な意味で独占したがる。性的な独占には人間の長い進化の歴史がある。動物は、自分の子孫を残すため、本能的に相手を独占しようとする。 

 

第2章         動物達の恋愛―高揚、忍耐、独占欲

 

多くの動物が相手を独占したがる。みな、繁殖期が過ぎるまで、相手をほかの求愛者から嫉妬深く守ろうとする。動物はライバルを蹴落とし、見込みのありそうな相手にのみに求愛し、繁殖する。だから動物はなかなか選り好みが激しい。特定のメスを好むオスがいるように、メスのほうも、集団の中で特定のオスに惹き付けられる。

 

ライオンも蝶も、交配相手を見分け、あるものは頑として拒み、あるものへの求愛に全エネルギーを注ぐ。多くの種のメスは、高位のオスに惹きつけられる傾向がある。オスは、メスの健康状態や、身体の大きさやかたち、そして年齢を気にする。自然界では独占欲はごくふつうのことである。

 

 哺乳類の脳内では、ドーパミンとノルエピネフリンが一役かっている。脳内のドーパミン分泌量の高まると、特定の交配相手を好む。動物達が惹かれあっている誘引力は、ドーパミンとノエルピネフリンの脳内化学物質が関係している。

 
第3章
         恋する脳をスキャンするー愛の化学作用

 

恋愛は一種の中毒症状である。恋愛の注目すべき症状のひとつに、愛する人のことをのべつまくなしに考えてしまうという特徴があり、恋に落ちた人間は、走馬灯のように駆け巡る思いを止めることは出来ない。この炎は、ドーパミンとノルエピネフリン分泌量上昇によって惹き起こされる。

 

 恋愛感情はおもに脳内の動機システムであり、それは要するに、人間の根本的な交配衝動である。したがって恋愛感情をコントロールするのはとても難しい。感情、例えば怒りなどをコントロールすることは出来ても、のどの渇きすなわち衝動をコントロールするのは難しい。恋愛は衝動であり、渇望である。

 

 恋の燃料はドーパミンである。愛が実れば、脳はそれを高揚感や希望といったポジティブな感情と結びつけ、脅迫観念的な思考が恋愛感情の中心的構成要素となるが、逆に相手にはねつけられれば、脳はこの動機をネガティブな感情、例えば絶望とか憤怒といった感情と結びつける。

高等な霊長類の脳内では、視覚的刺激の認知と調節が大きな部分を占めている。

 

 

第4章         愛が織りなす網の目模様―性欲、恋愛感情、そして愛着

 

恋愛感情は、二つの交配衝動、一つは性欲、一つは愛着と絡みあっている。愛着とは、穏やかで、安定した、長期間にわたるパートナーとの一体感である。恋愛感情の誕生は、男女の交配意欲を好みの個人に集中させるための、時間とエネルギーの有効活用である。そして男女間の愛着を生み出す脳内回路は、子供が幼児期を脱するまで夫婦一緒に子供を育てるために歴史的に発達した進化の感情である。

 

 性欲は原始的な人間の衝動だ。だから、いつ何時わき起こってくるかも判らない。しかし性欲と恋愛感情は同じものではない。ただ 性的欲望を刺激するのはテストストロンは、恋のリキュール、ドーパミン分泌によって、刺激される。だから恋愛感情と性欲との化学的なつながりは強い。恋愛感情こそ、特別な相手との交配の要求が進化したものであり、恋は同時にその人とセックスしたいという衝動をも引き起こす必要がある。 そして愛は時間とともに大きく変わる。愛は安心感、心地よさ、落ち着き、そして相手との一体感といった新しい感情、すなわち「愛着」感へと変化していく。恋愛感情が性欲を引き起こし、やがてそうしたむき出しの情熱と欲望が感情的な一体感と献身、つまり愛着感へと落ち着いていく。

それにしても、様々な人間が泳ぐ大海のなかで、「彼」あるいは「彼女」はどうやって、特別な相手を見つけているのだろうか?

  
第5章
         なぜ「あの人」を好きになるのかー恋人選びのルールー

 

相手選びには隠された多くの力が働く。人間は近親結婚を避けるため、よく知っている人との性交渉は生まれつき強い嫌悪感を抱く。相手はあくまで、似たような社会的、宗教的、教育的、経済的背景を持つ人を選ぶ。得てしていえば、人間は、周囲にいる人間を選ぶ傾向にある。これは、遺伝子のタイプが自分に似たような人間に惹きつけられるからである。母親にとって、胎児の遺伝子が似ていれば、より健康的な赤ん坊が授かる。勿論似すぎている遺伝子は良くないが。

私たちが、動物王国から受け継いだもうひとつの生物学的趣向は、均整のとれた相手を選びたがる傾向だ。均整が取れた相手に惹きつけられるのは、遺伝学的に頑丈な交配相手を選ぶために、原始から進化してきた動物的メカニズムである。脳は生まれつき、美しい顔に反応するように出来ている。

均整のとれた男女は、相手の脳内、腹側被蓋野(VTA)を刺激し、ドーパミンを多く分泌させ、性的反応を強く刺激する。均整の取れた人間は、交配ゲームで勝利するチャンスが高い。

なぜ、人は見た目の美しさを求めるのか。男性が若くて美しい相手を無意識に好むのは、繁殖面での成果が高いからだ。長期間つづいた狩猟採集生活を通じて、若く、健康的で、活発なパートナーを選んだ男性は、より多くの子宝に恵まれた。そのたくましい赤ん坊は生き残り、若くて見てくれのいい女性を求める男性的な偏見を今に伝えている。

 

 若く、均整の取れた、そして繁殖力の豊かな女性を目にしたとき、男性は恋に落ちるように進化してきた。男性には視覚から恋愛感情を誕生させる装置が備わっている。

 

 女性は見た目だけでその男性が交配相手としての価値がるかどうか、判断することは非常に困難だ。相手が自分をどれくらい守ってくれるのか直ぐには判断出来ない。危険に満ちた太古の環境の中で、無力な子供を育てるのは大変だった、男性選択の査定は、自分を守ってもらう際にも頼りになるかどうか、決定的な意味を持つ。女性は、愛に関するかぎり、より実用的であり、現実的だ。こうした実用主義のため、女性は男性より恋に落ちるのに、時間がかかる。

 

 進化した現在において相手選びで何が一番重要か。本人の個人的な歴史だ。幼年期、青年期の無数の経験が、本人を形成していく。この過程で「愛の地図」が作られる。「愛の地図」は微妙だし、読むのは簡単ではない。男も女も、自分の「愛の地図」を知らない人が多い。

 

 太古の男女が数々の交配機会を重ね、選んでいるうちに、動物同士を惹きつける原始的な脳内回路が人間の恋愛へと進化してきた。そのお陰で、選ぶ側が特定の相手を選び、熱心に相手を追い求め、繁殖と言う名の、賞品を得るために、求愛の時間とエネルギーを注ぐことが出来るようになった。

 

第6章 人はなぜ恋をするのかー恋愛の進化―

 

私たちの脳には、人類の歴史がそっくり埋め込まれている。人類の大きな変化は、木々を下りて危険な大地を歩き始めたときから始まる。立って歩くようになって、メスには重大な危険が生じた。子どもを腕に抱えなければならなくなり、野獣に襲われる危険が急に増大した。メスを危険から守ってくれるオスがどうしても必要となった。こうして人間は子どもを育てるために、1雌1雄関係が必要不可欠となった。

 

 人類が求愛の道具として、言葉を使い始めたことは、人間の脳の進化を大きくした。言葉があれば、口説くことも出来る。この時期、恋愛の為の脳内回路が急発達した。人間は脳が大きくなって、新しい求愛方法を生み出した。交配相手候補を感心させるための言語や、芸術や、道徳観といった、新しい求愛方法が誕生した。

 

 人類の頭の体積が急増したことは、出産の危険も大きくした。オスはメスの選択に若さと健康を求めた。しかも、子育ては、もうひとりだけの手には負えなくなった。夫婦は協力して赤子を育てた。結婚に際し、男女は相性の良い交配相手を惹きつけるため、特別な方法で自分をアッピールする必要に迫られた。言語能力、芸術心、ユーモアのセンス、勇敢さなど、生き抜くための才能を発達させ、求愛者たちは、自分が有益で、優秀な遺伝子をもっていることをひけらかした。こうした過程で、人間の恋愛感情を生じる脳内回路が完成していく。過酷な時代を生きた祖先たちにとって、長期間にわたるパートナーシップを築き上げるための交配相手を誘惑するには、特別の才能がどんどん必要になってきた。言語、芸術、歌など、複雑な才に恵まれた者は生き残り、子孫を繁栄させることが出来た。

 

 人間の恋愛は、動物達をはるかに越えて複雑で強烈になった。愛するという衝動は、とほうもないほど多くの感情と結びついた。私たち人間は、繰り返し恋するようにつくられている。人生これからという独身時代、あるいは中年で離婚したとき、あるいは年老いてひとりぼっちのときなら、恋愛がもたらす情熱ほどよろこばしいものはない。

 

第7章  失恋とは何かー拒絶、絶望、怒り

 

誰もが、拒絶されることのむなしさ、絶望感、そして憤怒といった感情から逃れることは出来ない。愛と憎悪は人間の中でややこしくつながっている。愛する人から拒絶されると、人はこの世でもっとも深く、不穏な感情の溝にはまりこんでしまう。悲しみ、怒りなど数多くの感情がいっせいに脳になだれこみ、食べることも、眠ることも出来なくなってしまう。抵抗の段階では、捨てられた人は愛する人をどうにかして取り戻そうと必死になるが、あきらめの境地に入ると、すっかり絶望の淵へと落ち込んでいく。

 

 皮肉なことに、愛する人が逃げて行くに従って、恋愛感情を生み出す化学物質が、その濃度を増す。そのため熱烈な想いや恐怖や不安が高まり、あらゆる力を駆使せよと脳が訴える。恋愛と見捨てられた怒りとはつながっており、交配と繁殖の重要な主要配線になっている。自然は、拒否した交配相手を心から解き放ち、生活を立て直すために、浄化メカニズム、すなわち怒りを準備してくれた。とはいっても、この怒りが去り行くパートナーに対する愛や切望、性的要求を消し去ってくれるとは限らない。恋に破れた人間は、その後、新たな拷問に耐えなければならない。

 

 愛する人から拒絶された人間は、まず抵抗するーこれはドーバミンとノエルピネフリンのレベルが急上昇することにともなう反応だ。このレベル上昇が、ストーカーに、暴力を振るう者に、高い集中力と荒々しいエネルギーを与える。

 

第8章                  ロマンスを長続きさせるー恋わずらいに効く薬

 

失恋は中毒性の麻薬と同じである。MRI実験でも裏づけられた如く失恋は、ドーパミンによって活性化される大脳辺縁系中心部の報酬システムだ。私はこの中毒は征服可能と考えている。必要なのは決意と時間だ。

1、       まず中毒症状(つまり愛する人)の痕跡を抹消する。貰った手紙は捨てるか見えないところにしまいこむ。どんな状況でも電話をかけてはいけない。

2、              次は黙想。いくつかの言葉を考えて、心のなかで繰り返す。自尊心が高められる言葉が良い。

3、              つねに忙しくしていることも大切だ。無理やりそうするしかない。

得意なものに取り組んでみるのも良い。身体を動かすことはお勧めだ。

4、       日光にあびることは、恋に破れて落ち込んだ人を元気付けてくれる。

5、       「先を読め」。振られた人間は、相手に電話をかけてしまう。だが「先を読め」。相手からは電話の返事はない。地獄の週末に思いをはせよ。

6、       今はいろいろなタイプのうつ病がある。現代はそれを助ける様々な薬が準備されている。自分に適した薬を探すべきである。

7、       心理療法は、脳内で抗うつ薬が生み出す効果と同じくらいの変化を生み出すことが出来る。心理療法を受けるのも良い。

8、       しかし、失恋を癒すあらゆる方法の中でも一番効果的なのは、新しい恋人を見つけ心を満たすことである。

 

 

セックスはいいものだ。新鮮でエキサイティングな経験は活力を与えてくれる。女性の場合オキシトシン、男性の場合バソプレシンを放出する。どちらも愛着感と関係する化学物質である。男性の精液には、交配衝動の基本、性欲、恋愛感情、男女間の愛着を生み出す成分がふくまれている。愛を交わし、精液を受け取ったとき、女性の気持ちが軽くなるのは不思議ではない。

 

男も女も幸せそうな顔をした人に惹きつけられるものだ。笑みによって、脳内ネットワークが刺激される。幸せな笑みは愛の炎に点火する。賢い男性は言葉で求愛する。注意深い求愛者なら、愛する人をとらえて離さないような会話を丹念に重ねていく。セックスも親密さを高める。なにもかもうまくいっているときのセックスはとてつもないほど素晴らしい。

 

女性は、お金や時間や人脈や地位を気前よく共有してくれる男性に惹かれる。一方男性は弱さは出来れば見せたくないと思っている。自分の強さや成功振りだけをみせびらかそうとする。

 

恋愛感情は時間とともに薄れていく、荒々しい高揚感や、強烈なエネルギーは徐々に減っていき、代わりに安心感を覚えるようになる。やがて、恋愛の至福感がより深い一体感へと熟し始める。長期間にわたる愛着感が訪れる。

 

第9章
                  それでも人は恋に落ちるー愛の勝利―

 

恋愛こそは、男女関係の基盤である。21世紀、女性が着実に社会進出を果たすようになると、愛のために結婚したいという願望があまねく行き渡ってくる。経済的な自立が高まれば、女性は人生の伴侶として愛する人を選びたいと誰もが思う。60歳になろうが、男も女も16歳と同じくらい激しい恋心を燃やすものなのだ。年輩の人々は、若者と比べるとより多様性と想像力に富んだ経験が豊富だ。しかも恋愛感情に年齢の差は無い。恋愛の情熱は年配者にエネルギーを与える。セクシーな午後を過ごせば、身体の順応性が維持できるし、肉体的、精神的な活力が与えられる。いま何百万という人が愛を求めている。

 

この本を読んで

 

この本を読んで、僕と孝子は、恋愛感情の終着ステップ、愛着感の段階に生涯2人で浸ることが出来た幸せをもう一度確かめ、感謝した。この本は、我が少年時代、青春時代を総括する、 C’est  la  vie.  のつぶやきに含まれた、愛憎と諦観は、もう一歩、退いて自分を見つめたとき、その意味が見えてくるように思えた。人間は祖先から引き継いだ長い進化の歴史を歩いている。恋愛感情も、家族感情もすべて、進化の過程にあるとみえてきた。

 

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