龍門石窟と三国志巡礼の旅

映画「レッドクリフ」を観て、揚子江・赤壁に立ちたくなった。「龍門石窟と三国志巡礼の旅」に参加した。第1日目、久しぶりに上海市内を走った。中国を始めて訪問したのは、文化大革命直下の1965年。あの懐かしき壁新聞も、人民服の自転車部隊も今はない。上海は乱立する高層ビルと縦横に走る高速道路が、激変する現代中国を象徴している。上海から鄭州に飛び、翌日はゆっくりと洛陽・龍門石窟を歩いた。35度を越す猛暑にすっかり参ってしまう。今から30年前、この街でも技術交流会を開催したことを思い出す。中国は、都市も農村ももうすっかり変わってしまった。


今から2000年前、日本は女王卑弥呼が、洛陽に使者を派遣し、中国では、魏・蜀・呉の三国が制覇をかけて戦っていた。多くの武将が登場し、中国民衆は武将の人物像を猛々しく描き、英雄物語を作りあげた。至る所に三国志古跡があり、2000年前の武将達が生き生きと目の前に迫ってきて この旅はなかなか面白い。


旅は、中国中原を舞台として洛陽から武漢まで、6日間3000kmをバスで走った。3度の食事は田舎風中国料理、お陰で体重は2.8kgも増えてしまった。中国通を自認する各位のユーモアを交えた揶揄も面白い。84歳のご夫婦も、最後まで2人仲良く歩いておられた。梅雨特有の大雨に何度も遭遇したが、見学時には不思議と雨は上がった。


中国の現代化を前にして、衝撃は大きかった。文革で毛沢東が求めようとした中国とは、乱立する高層ビルや富裕層乱立だったろうか?「晩年の毛沢東は間違っていた」と中国人は誰もが言う。都市も農村も急速に豊かになっている。中国の大発展に驚異すら実感するが、我々はこの事実から何を学ぶべきだろうか。「現実を動かしていくのは、主義や主張ではない。市民力、技術力の歴史的展開能力こそが、栄光と没落を決定づけていく」。中国の現実を見つめながら独りつぶやく

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