定年後の読書ノートより
帝国主義と民族・植民地問題-私の現代史13-不破哲三著、雑誌経済45
グルジア問題での病床におけるレーニンと、独裁権力を握り始めたスターリンとの対立を、レーニンの民族問題から整理して考えてみる。

1911年孫文による辛亥革命をレーニンは、「革命的民主主義者の勝利」とし、孫文は主観的な社会主義者であると、歴史的な予見には確かなものがある。東ヨーロッパと共にアジア情勢を見詰めるレーニンは、民族運動と民族自決権の重要性を見抜き、世界大戦下の帝国主義闘争のでの、理論的、実践的取り組みの中で綱領的な問題として取り組んでいた。

しかし西欧社会民主党「祖国防衛派」が帝国主義者に奉仕する自分達の役割を誤魔化そうとして、「民族自治権の支持」を偽善的にしはじめた時、レーニンは猛然と論戦を張った。帝国主義的諸大国の植民地支配を残したままでは、民主的な平和は有り得ないと。民族自治権の問題の核心は、抑圧民族の社会主義者の行動にある。社会主義者はあらゆる民族抑圧に反対して闘うことなしには、自分達の目的は達成出来ないと。

先進国における社会主義革命の為の闘争、東ヨーロッパ諸国での民主主義的、民族的な闘争、植民地での民族解放闘争、これが帝国主義の世界的な戦線であるとレーニンは世界革命を見ていた。

我々は、すでに実現されている民主主義を拠り所にして、資本主義のもとでの民主主義の不完全さを暴露しながら、資本主義の打倒とブルジョアジーの収奪を要求する。植民地の即時解放の要求もまた、資本主義のもとでは、一連の革命なしではやはり「実現不可能」である。「祖国防衛」の立場に立ち、「祖国」や「民族」を持ち出した帝国主義美化論と闘うレーニンは、民族自決を始め、民主主義的な要求を軽視する傾向を戒めた。

例え仮に恩恵を与えようとする善意からであっても、他民族に自民族の社会主義または生活様式を押し付けようとするものは、必ず自分自身の勝利をくつがえす結果になるとレーニンは「帝国主義ノート」に書いている。

ソ連の生活様式を他民族に押し付けたスターリン以来の誤りは、ついにソ連の体制そのものをくつがえす矛盾をつくりだした。

一般に帝国主義は、民主主義を幻想に変えるーだが同時に資本主義は、大衆の中に民主主義的志向を生み出し、民主主義的制度を作り出し、民主主義を否定する帝国主義と、民主主義を目指す大衆との敵対を激化させる。

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