定年後の読書ノートより
日本の名作―近代小説62編―小田切 進著、中公新書
近代小説を、作品毎に作者略歴紹介した新書。自分は、株ぎょうせいが出している日本文芸鑑賞辞典―近代名作1017選への招待―の方を常日頃愛読しているが、この新書中、自分が読んだ、24編について、この機会にもう一度、作品を思い出し、整理してみた。
  1. 二葉亭四迷「浮雲」この小説を明治の文壇は直ぐには理解出来なかった。新しい考え方をこの作品の中でも西洋主義と殊更に異端視している如く。結局この小説は未完で終わる。
  2. 森鴎外「舞姫」彼は大半の作品を50才以降に書いている。「舞姫」「埋れ木」「うたたかの木」だけが若い頃の作品である。
  3. 幸田露伴「五重塔」明治の開花に取り残された多くの人々に、この作品は心打った。人間の内に秘したる可能性を見事に描き出している力強さ。
  4. 樋口一葉「たけくらべ」樋口一葉は明治2924歳で他界。彼女の作品が大きく成長したのは、21才最貧困の生活をくぐり抜けた時であったとか。
  5. 尾崎紅葉「金色夜叉」本人は社会小説の積もりで書き始めたが、人間や社会に対する把握があまりにも常識的すぎて大衆小説に脱落し、本人も結局小説を最後まで仕上げられなかったようだ。
  6. 徳富蘆花「不如帰」大山元帥の娘をモデルにした話だそうだが、むしろ自分が興味を持つのは、ディケンズを下敷きにしたという「思い出の記」
  7. 泉 鏡花「高野 聖」幻想的な浪漫趣味豊かな伝記説話の世界。人間の憐れな運命、幻想の世界。
  8. 島崎藤村「破戒」明治30年代に入ると同じ被差別部落の問題を扱った作品がどっと発表されたとのこと。小生そうした作品にまだお目にかかっていない。
  9. 夏目漱石「坊ちゃん」清々しさ、若々しさ、すっきりとした印象を多くの人に与えている作品。自分が読んだ時には、どんな印象だったか今は思い出せない。
  10. 田山花袋田舎教師」作者は、この主人公と一緒にのめりこんで泣いている。日本国国威高揚の影に萎縮していたインテリの悲哀。
  11. 森鴎外「雁」登場人物一人づつの綿密な構成、綿密。文学らしい文学。こころ難いまでの当時のエリート青年の優越意識と哀歓。東京帝国大学学生の世界。
  12. 武者小路実篤「友情」青年の雄叫び、燃焼。この本を読んだころ、なんて恋愛とは素晴らしいものなのか、胸とどらかせて感動。
  13. 川端康成伊豆の踊子」この小説の原体験での旅役者とは悪性の腫れ物がひどい、随分汚い一群だったとのこと。作品とは中心となる美を取り上げ、如何に不要なものを斬り捨てるか、青春の哀歓は決して現実の世界の話では有り得ない世界。
  14. 宮本百合子伸子」伸子に始まり、二つの庭に至る中産小市民的な安住の世界から如何に生きるかかを求めてはばたく百合子の精神像に小市民の姿を対照的に見せ付ける人物としての母多計代の位置づけは極めて重要。母の造形がどこまで自然に描けているかどうかが、この作品が素直に読者に受けるかどうかの分かれ目。
  15. 小林多喜二「蟹工船」この作品を書いたころの小林多喜二は小樽高商卒業、小樽拓殖銀行勤務のサラリーマン。銀行に努める一人の青年がなぜここまで迫力の迫る作品を書き上げることができたのか。
  16. 谷崎潤一郎「春琴抄」美しいものを愛する為には、どのような苦痛をも、歓喜にかえる世界として、自らの目に針を刺して盲目となる佐助。しかし彼には同じ墓に眠れたという喜びは何者にも替えられなかった。
  17. 島崎藤村「夜明け前」600年にも及んだ武家社会が終局を迎えようとしている。正に世の中大変革が起ろうとしている。木曾の山奥の一人のインテリにとって、これは狂気の世界に迷い込むのも当然の大事件だったに違いない。
  18. 志賀直哉「暗夜行路」尾道のひだまり、祖父のどうにもならない手ぐせ、しかし最後に妻の過ちを許そうとする謙作の大山夜明けの解脱、実に話は日本的観念論の世界。身も心も恍惚の境地で新しい世界が開けてくる。
  19. 川端康成「雪国」詩的文体で、淡々と展開していく山国温泉の世界。現実とどこか違う独自な世界。魅せられつつ、しかし同じように燃え上がらない空しい世界。
  20. 谷崎潤一郎「細雪」独身生活後半、この小説を読んだころ、自分は丁度主人公と同じようにお見合いを重ねる年頃だった。出会う娘さんの後ろには、ひょっとするとこの小説のような世界があるのかなと想像し、胸高まらせたものだった。
  21. 野間 宏「暗い絵」象徴的な、ブリューゲルの絵を評した粘々した描写が、独身時代の自分には嫌悪感さえ感じさせた。大江健三郎の文章も同じように、こうした抽象的な描写が嫌だった。
  22. 大岡昇平「俘虜記」野間と同じ京都出の作家でありながら、大岡の作品は、明晰そのもの。戦地で近づいてくるアメリカ兵青年を撃つか撃たないか、この極限状況での心理と行動の描写は氏の誠実な人間がそのまま描かれて美しい感動を与える。
  23. 壷井 栄「二十四の瞳」大石先生を囲み、分教場の生徒は成長し、やがて戦争で多くの友も亡くす。失明した彼の指差すところが違っているとも言えず、読者はここで反戦への作者の憤りを静かに観る。
  24. 井上 靖「天平の甍」遣唐使は歴史教科書の項目の一つであったが、それ以上にイメージを自分のものにするには、歴史知識が及ばなかった。しかしこの小説で、遣唐使が本当に日本から中国に出かけたのだというイメージがつかめた。

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