定年後の読書ノートより
世界の民族地図 - 私の現代史12 - 、高崎通浩著、作品社
岩波世界歴史25、ロシア周辺の革命、木村英亮氏の論文は読んでも判らない。そこで高崎通浩氏の「世界の民族地図」によってグルジア問題を整理した。

旧ソ連邦は104の民族を抱える多民族国家であった。中心をなすのは東スラブ系ロシア人、ウクライナ人、ベロルシア人が70%の主要を占める。人口第3位は、中央アジア・ウズベキスタンに居住するトルコ系ウズベスク人モスリムで10%をしめる。中央アジアは人口膨張地区であり、鉱産地区でもある。

歴史的にみれば、13世紀東スラブ系民族はモンゴル帝国によりロシア人、ウクライナ人、ペロルシア人に分岐させられる。16世紀イワン4世はロシアのシベリア東征により国力強化、17世紀ピヨール1世は全シベリアをロシア領とする。ロシア帝国はその後も中央アジアに領土拡張。大ロシア主義、パン・スラブ主義により、中央アジアは「民族の牢獄」と化す。ロシア国内に於いてもポグラムと称するユダヤ人大量虐殺による非ロシア人抑圧政策が続く。

グルジアはメンシェビキの最大拠点であった。11月革命時、グルジアはメンシェビキ指導のグルジア共和国となり、ドイツ軍を迎え、親西欧的、社会民主党系。

ボルシェビキはアゼルバイジャン、アルメニアをソビエット化した後、グルジアに赤軍を送り、メンシェビキ共和国を打倒。スターリンは民族的権利の要求を矮小な民族主義として、サカフカス共和国に併合。

このスターリンの中央集権的権力行使に病床にあったレーニンは批判の手紙を送る。レーニンはスターリンのグルジア問題処理を官僚主義的中央集権制に基く大国主義的抑圧だと批判した。しかし他ならぬグルジア出身のスターリン、オルジェニキーゼにより活動家達は民族主義的偏向の名の下に大量に粛清されていく。こうしてグルジア問題は社会主義ソ連の民族問題処理に大きな汚点を残す。

第1次世界大戦の結果、ロシア帝国、ドイツ帝国、オーストリアーハンガリー帝国、オスマン帝国は崩壊、オーストリア帝国はオーストリア、ハンガリー、チェコスロバキアの三共和国に分離、ユーゴスラビアも独立する。ロシア支配下にあったラストビア、エストニア、リトアニアのバルト3国およびフィンランドも独立。他方同じ民族のドイツ、オーストリアの合併も禁止されたり、ポーランド、チェコ内部にドイツ人は少数民族として残された。トルコも委託統治ということで分割され、これらはその後、禍根を残す。

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