定年後の読書ノートより
ホルクハイマー;人と思想;東京教育大名誉教授小牧治著、清水書院
フランクフルト学派に興味を持ったきっかけは、ゾルゲ事件のリヒアルトゾルゲ博士が、かってこのメンバーの一人であったこと、もうひとつはかってTVでアルゼンチン一の移民大富豪故H・ヴァイル氏の王国放映後、息子はこの親の財産をドイツでマルクス主義普及のために投資し続けたとの解説が入り、驚いたことがきっかけ。このフランクフルト学派の中心人物がホルクハイマー博士。

フランクフルト学派はユダヤ学者の最高頭脳を「社会研究所」に集め、今世紀のマルクス主義が先進国にどのように変革をもたらすかを思索し続けてきた。

このフランクフルト学派ホルクハイマーの先進国におけるマルクス主義の最終結論をかいつまんでメモすると、次のようになる。

党とその役割の絶対化は、個々の労働者自身には明確になっていない意志の客観化となり、きわめていかがわしい力を党に与えてしまう。スターリン専制の背景にも、労働者のこの観念はある

ヘーゲルは歴史過程を思弁的に正当化しようとし、歴史を内在的に目的を持つ、統一的体系的な構造を持つ全体として把握しようとしたが、歴史の全体知という独断に陥ってはならない。

1930年代、ヨーロッパのマルクス主義は、ソヴィエット的正統マルクス主義の流れ、K・カウッキーやE・ベルンシュタイン等社会民主党等第二インターナショナルの西欧マルクス主義が大きな主流であったが、これらの根底にある独断論的、体系的な閉じられた決定論に対し、人間の創造性、個別科学の成果を重視し、個別科学の生気を吹き込み、ドグマ的な硬化から、経済的・技術的な沈潜から新しいマルクス主義の方向をフランクフルト学派は模索しようとした。

ユダヤ人として始めてフランクフルト大学学長となったホルクハイマーは晩年絶対他者への郷愁的なあこがれとして、神学的、形而上学的色あいが強くなり、1960年代の学生運動では保守主義者として標的となる。

ホルクハイマーは、母国を襲ったファッシズムに対して、ナチズムに対して、そしてさらにスターリン主義に対して自由のために闘った。

しかしマルクスのいうように、労働者は貧困化しなかった。しかしホルクハイマーは科学技術進歩の後期資本主義に管理社会を見、そこに自由の新たな喪失を見た。ホルクハイマーはマルクスの上に、ニーチェを置き、理性の道具化、科学の自己反省を求め、以前のマルキストは今やあらたな保守主義者として人々を唖然とさせた。

1973年78歳でホルクハイマーはニュルンベルクで他界。私は目下、久野収訳マックス・ホルクハイマーの「哲学の社会的機能」及び「伝統的理論と批判的理論」を読み始めようとしている。

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