定年後の読書ノートより
対ソ干渉戦争 - 現代史11 - 畑田重夫著、 岩波世界歴史講座25巻
帝政ロシア将軍の白軍に対し、チェコ軍20万人救済名目で、ドイツ・イギリス・フランス・アメリカ・日本など、北ロシアとウラジオストックに対ソ干渉戦争を仕掛ける。ソ連は赤軍を組織、非常委員会チェカによる秘密警察を強化。

「全ヨーロッパ規模による世界革命」の予想に対し、帝国主義は軍事的に意外に強力であり、世界革命を一挙に成功させることは不可能と判断、すなわち資本主義の不均等発展法則の作用する歴史的現実から、いわゆる一国社会主義論が台頭。

ドイツ革命の不発について。1919年11月10日、「ミルバッハ暗殺事件」と「外交トランク事件」で駐独大使ヨフェ国外追放、カイザー退位、ベルリンでは労兵レーチ一時的権力把握、しかし同時に社会民主党エーベルト臨時政府承認、エーベルト臨時政府は反ソ、親西欧の社会民主党中道派に牛耳られる。

エーベルトはソ連との連絡をサボタージュ、その間ロシアではドイツ革命報道に喜ぶ。ソ連はドイツ人民との同盟を宣言、食料支援を決議、しかしドイツ革命は不発に終わる。カーは「平和」と「革命」が分離したことが決定的であり、「戦争が終った以上、革命への積極的要求は少数派になった」と書いている。

一連の事態に関し、ソビエットはドイツ社会民主党の「裏切り」と結論している。当時連合国首脳が最も恐れていた事態は、「ドイツとボルシェビキとの接近」であり、これは社会民主党「エーベル政府」によって断ち切られた。

「対ソ干渉戦争」にはソ連は勝利したが、「世界革命」は同時進行しなかった。ドイツ革命はみじめな敗北に終った。世界史のテーマとして、社会民主党の判断は長く裏切りと評価されてきたが、ソ連崩壊の現在、もう一度考え直すべき大きな歴史テーマのひとつである。

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