定年後の読書ノートより
貧しき人々の群、宮本百合子著、中央公論1916年9月号掲載、17歳、処女作。
宮本百合子の処女作である。この処女作の中に、宮本百合子の生涯を貫らぬいた生き方が読み取れる。

主人公である山村地主の娘が、貧しい村民に、愛情を感じながら、自分から一歩出る事は、村民をどよめかすことはあっても、所詮それまでしかあり得ない自分に、いつか同じ太陽が仰ぎたいと決意して終わるストーリである。今から読み直すと、象徴的ともいえる、百合子の言葉が幾つも文中にある。

「私共と彼らとは生きる為に作られた人間であるということに何の差があろう?」「世の中は不平等である。天才が現れれば、より多くの白痴が生まれなければならない。豊饒な一群を作ろうには、より多くの群が、飢餓の境にただよって生き死にしなければならないことは確かである。世が不平等であるからこそー富者と貧者は合することの出来ない平行線であるからこそ、私共は彼等の同情者であらねばならない。金持ちが出来る一方では気の毒な貧乏人が出るのは、宇宙の力である。どれほど富栄えている者も、貧しい者に対して、尊大であるべき何の権利も持たないのである。かようにして私は私自身に誓った。私は思い返した。自分と彼等との間の、あのいまわしい溝は早くおおい埋めて、美しい花園をきっと栄えてみせる!」「どうしても歩き廻らずにはいられない何かが、自分のうちに生きているのでございます。たといよし、いかほど笑われようが、くさされようが、私は私の路を、ただ一生懸命に、命の限り進んで行くほかないのでございます」「私は泣きながらでも勉強する。一生懸命に励む。そして、今死のうというときでも好いから、本当に打ち解けた、心置きない私と御前達が微笑みあうことができたらどんなに嬉しからろう。」

生きるということは、生涯をかけて一つのストーリーを創りあげていくことだ。そこにヒューマニズムの輝きがある生き方を貫くということは、容易ではない。しかし人間として一番美しい生き方は、知性の導く光に従って生涯美しく生き抜いていく人だと思う。

この時代の中條百合子は、当然ながら上から下を見下ろす立場であり、慈善に多くの疑問を感じながら、かといって愛情をもって貧者に近づいて行ったとしても、彼女の真意を解し、貧者から心からの笑顔を受ける事もなく、いわんやこの問題解決には社会科学への知性的な姿勢が必要であるとは、誰も彼女に教えてくれる人も居なかった。

そんな背景から彼女の貧者への言葉使いにも幾つかの横柄さが目立ち、彼女の死後「人民文学」で、三好達治達は「あのめがねをかけた偽善豚むすめ」と悪罵を投げかける発端にもなっている。彼女は正直な人間であり、自分をそのまま表している。横柄な言葉使いも出身階級の重たさのひとつである。

最後に戦後大いに期待された「やまびこ学校」では、この作品をどう読まれたか興味がある。