宮本顕治文芸評論選集第1巻「あとがき」

宮本顕治文芸評論選集第1巻「あとがき」、宮本顕治著、新日本出版社
この「あとがき」は、敗北の文学を書いた東大学生時代のこと、蔵原論文が性急な前衛性を文学運動に持ち込んだナップ全盛期の氏自身の位置づけ、そして戦後の自主独立路線に立っての幾つかの自己批判も書いておられる。最後に平野謙の転向擁護論に激しく反論し、変節者の人間的心情を賛美しようとする一連の評論家達の動きにとどめの一撃を刺しておられる。

勿論迫力迫るのは最後の、転向擁護論に対する宮本氏の怒りである。とどめの一撃とは、例の有名なる一節、「「敗北」の文学」の結びの言葉―「「敗北」の文学をーそしてその階級的土壌を我々は踏み越えて行かねばならない」という言葉を、自分は実践することができたと、獄中のある日、心の中でつぶやいたことを今も記憶している。この一撃に接し、如何なる批評家も次のへ理屈はもう続けられるわけはない。

この「あとがき」は氏の「網膜症」による視力低下の為、出版までに13年を要している。その間、氏は当時のプロレタリア文学作品を読み返し、かって蔵原氏が機械論的に評した誤りのひとつひとつを掘り起こし、「愛情問題」や「題材の積極性」等に、当時の性急な政治観念が過ちを侵していることを率直に指摘し、今後の民主文学発展を期待する貴重な言葉を残されている。

次の言葉は、プロレタリア文学の今後のあり方として、氏が最後にまとめておられる一節である。

今日からあえていえば、運動の先進的部分が共産主義的芸術という先進的な方向を掲げたとしても、作品評価の基準としては、社会進歩、民主主義、平和の展望に立つすべての現実主義的作品を励ますという、峰は高く、すそ野は広い山容を目ざすのが望ましかったのである、と。

27年テーゼに始る、いくつかのテーゼにより方向づけさせられた大国主義指導による日本の革命運動の混乱。現在から反省されることは、自国の革命運動は、自国の労働者階級の頭脳を結集して切り開いていくべきだという基本姿勢こそ大切であったことを改めて自覚させられる。当時のこうした外部からの持ち込み方針の過ちが、プロレタリア文学に、性急な機械的硬直性をもたらしたことは、氏自身の自己批判として明記しておられる、この「あとがき」は、日本の文学運動は如何にあるべきか、勿論今後の革命運動は如何にあるべきかの方向性を示すものとして、今後も光を放つ名作として位置づけられるであろう。

私自身のことを言えば、高校時代始めて「敗北の文学」に接し、全文を暗唱する程度に読み返し、感動した。当時読みはじめていた、宮本百合子全集は、こうした衝撃もあって全冊読破していくこととなる。百合子が亡くなった時も、前衛も、プロレタリア文学運動も不幸な分裂の時期にあったがその後、宮本顕治氏を中心とする新綱領確立による前衛を目指す闘いが、着実に日本共産党を今日の姿に発展させてきた。現代史の中で、ひときは輝いている光の部分である。

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