定年後の読書ノートより
もっと知りたいソ連、袴田茂樹編、弘文堂
この本の面白いのは、1988年11月発行であること。すなわち、崩壊直前の揺れるソ連を赤裸々に描ききっているだけに、今では貴重な文献の一つになっている。今回はウズベクに関して、崩壊直前のソ連の民族問題の政策をまとめた。

ゴルバチョフ政権のペレスロイカ・グラスチノフ民主化政策により民族問題は表面化した。ゴルバチョフは民族運動を力で押さえつけることは、ペレストイカ路線を保守化させる恐れがあり、ブレジネフ時代へ逆行する。要求をのんでいけば、国内秩序の不安定を助長する。民族問題は民族語として表れる。形式的には諸民族の言語が尊重されているが、実際にはロシア語使用の圧力は極めて大きく、民族間の共通語として、ソ連のキャリアを上っていくには、ロシア語堪能は絶対条件となる。

こうしたロシア語化への社会的圧力の下で、諸民族は民族の興亡をかけて、民族語をまもる。ロシア帝国においては、民族語は禁止されていた。ウズベク人の母語率は98.5%で高い、この事は民族の抵抗が強いことも意味している。ロシア語を第一言語にする方が就職の機会では有利、その環境下で民族語を維持するのは民族意識が高い。民族間結婚に関して、ウズベクでは、10.5%と低く、70年代以降、その伸び率も低い。

ソ連には100以上の民族があり、15の独立した民族共和国、20の民族自治共和国、8つの民族自治州、それに10の民族自治区がある。民族分布では、ヨーロッパ地域のロシア・ウクライナ・白ロシアのスラブ民族、バルト3民族、カフカーズの諸民族、中央アジアのイスラム教の諸民族、それにシベリアの諸民族である。バルト海沿岸の3共和国は第2次世界大戦でソ連に併合されたが、古くから西ヨーロッパ文化のもとに発展した国で、反ソ・反ロシア意識の強い地方である。

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