定年後の読書ノートより
加藤周一ウズベック紀行ノートより11項目、加藤周一著作集第10巻より
  1. 中央アジアの社会主義をみるためには、都会から始めるよりも、ステップから始めた方がよい。人間と人間の関係から始めるよりも、人間と自然の関係から始めた方が良い。
  2. ウズベックでは年に4回綿を収穫し、すでにソ連邦の綿の4分の3を産している。年間300万トン。1896年帝政ロシアの灌漑で30m3/S、ソ連の技術者は200m3/Sにした。土地の塩分を除く為、特殊な細い管を地中に配し塩分を洗い出した。管の材料、口径、間隔、深さなどが技術的問題。若い技術者の話はロシア語から英語、フランス語に訳された。私を退屈させなかった。
  3. 中央アジアは革命40年間で変ったのではなく、戦中戦後の15年間、ロシアの工場疎開が工業発展を動機づけたのだ。しかもソ連の軽工業重視政策を忠実に反映しているのだ。ここでは家具、ラジオ、TV,カメラ、レコード、電気冷蔵庫、自動車などがウズベック製なのだ。
  4. コルホーズが出会っている困難や障害の話をお聞かせ願いたい。何が大きな障害なのか。滞在期間の短い旅行者には、どういう種類の困難があるのか、実地に働いている人々の口からは聞くことが出来なかった。
  5. 革命前の1914年と現在1957年を比較すると、医者は人口当たり1/5万人→1/1千人、病床1/5千人→1/200人、死亡率35%→6.3%、中央アジアの社会主義の功績は衛生と教育の2面にある。
  6. 共産主義国では万事を犠牲にして軍事技術の開発に努力していると議論されているが、この国ではマラリアをなくし、文盲も跡を絶った。教育の機会均等は徹底しているように思われる。社会主義国では子供は大切にされている。
  7. 革命前の中央アジアには、文盲の民と遊牧の生活と伝染病があった。学校教育と高度な農業技術と伝染病の克服および平均寿命の延長は、あきらかに社会主義の功績である。
  8. 社会主義社会では空気そのものが清潔で、健康で、機械体操的朗らかさに満ちていて、道行く婦人もいわゆる性的魅力を発揮しなくなるから奇妙である。スラブ系の女性の体格は、性的魅力にあふれていてしかるべきなのに、どうして心理的なものが、これほどまでに社会に左右されてしまうのだろう。
  9. 回教の信仰が強かったところに、共産主義の政権が出来、その後40年を経過して回教がその後どうなったか。今信者は。10%ぐらい。老人ばかりか。いや、老若男女だ。回教は経済的にやっていけるのか。政府が必要に応じて援助してくれる。
  10. 共産主義の「防壁」はーもしそれを「防壁」とよぶとすればー回教ではない。そうではなくて西ヨーロッパ流の個人主義である。個人主義的文化の影響の強いところ、共産主義は拡大しにくい。
  11. 中央アジアの社会主義の成果は経済的発展と衛生状態の改善および教育の普及をあげた。しかし少数民族の問題に関し、中央アジアの社会主義は大きな成果をあげている。ここでは人種的差別は見受けられない。そう友人に話したら「ユダヤ人にもそうか」と言われた。

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