特別付記 孝子の日記より


特別付記 昭和43(1968)年 家内 孝子の日記より。    尚武29歳   孝子26

 

 

孝子の遺品を整理していたら、偶然孝子の昭和431968)年の日記を発見した。 この年の5月11日 我々2人は結婚した。孝子が独身時代日記をつけていたとは聞いていなかったし、新婚直後もこうして日記を書いていたことなど、今まで全然知らなかった。

 

孝子が亡くなってもう2年が過ぎた。もう日記を黙って読んでも許される年月が過ぎたのではないかと勝手に決めこんで、中を開いた。綺麗な字で、毎日きちんと書いてあった。勤めていた幼稚園の子供達といろいろな遊戯をして楽しく遊んだり、同僚教諭と喫茶店で長く話し込んだり、休日には朝寝坊をし過ぎて自分でびっくりしたり、微笑ましい孝子の独身生活が生き生きと書き残されている。

 

前年12月にお見合いをした2人は意気投合し、1月の日記には、もう僕からの電話を待つ心が書かれ、僕からの手紙は何度も何度も読み返し、「嬉しい」と書き残している。この年の2月、東洋紡大阪本社から岐阜工場に転勤した僕とは、岐阜と半田で近くになったこともあり、休日ごとにデートを重ね、2人であちこちに出掛けている。その日の日記の最後には、必ず「もっと一緒にいたい。いつも一緒にいたい」と書いてくれている。

 

2人が始めて唇を重ねた日の日記には、「今日の西川さんは、今までになく情熱的で、お互いが離れがたくなる。いつまでも一緒にいたい」と結ばれている。3月中旬、僕の母が孝子の自尊心を傷つけるような発言をして、孝子がすっかり気分を悪くしていたが、その際、僕が終始孝子の側に立って母を強くたしなめたことが、更に孝子の僕への信頼の気持ちを高めていったことも、この日記を読んで初めて判った。

 

孝子は結婚前から僕を心から愛してくれていたし、その気持ちは結婚後も変わらず、切々と僕を求めてくれていたことをあらためて知って、胸があつくなる。孝子は平生の気持ちに絶対に裏表がなく、誠実にして、純真な女性だった。あれほどの素晴らしい女性に心より愛され、いつも一緒にいたいと思われ、望まれていたことを思うと、たまらなく孝子がいとおしくなる。

 

素晴らしい孝子に、僕は充分に尽くしてあげることが出来たであろうか。思い出すのは、孝子の最期の言葉。もう、臨終も近いと孝子自身が意識してベットに起き上がり、「お父さん、抱いて」と申す孝子をしっかり抱きしめてあげると、孝子は耳元で「長いこと、本当に有難う」とつぶやいてくれ、これを最後の言葉として目を瞑った孝子。この言葉こそ、孝子の気持ちのすべてであり、この言葉を胸に秘し、僕はこれから残された余分人生を、ゆっくりと生きてゆきたい。でも、心の奥の底では、「孝子が待っている、早く孝子の元に逝きたいなあ」と強い孝子へのあこがれは、抑えることは出来ない。





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主治医は小さな声で「最近急激に痩せはじめてはいませんか」とつぶやきながら、CT(コンピューターX線断層写真)による精密検査受診手続きを進められた。 医師から「ガン」という「ひと言」を聞かされる瞬間は背筋が凍るようにぞっとしてくるものです。3年前家内孝子の時がそうでした。レントゲン写真を指差しながら、主治医は「乳ガンは可成り進行しています。一刻も早い全摘手術が必要です」と宣告され、私の頭の中は瞬間真っ白になりました。同じような経験は、6年前、まだ現役時代でしたが、産業技術記念館創設の仕事を一緒に企画してきたし,海外出張もご一緒させて戴いた井伊大老直系子孫井伊直豪(なおひで)氏が、ある日突然骨髄性白血病に侵されていると判明した時もそうでした。

ところが、家内も井伊さんも、がん宣告に対して私から見て不思議な程、うろたえることもなく、家内の場合はニコニコと笑顔で手術室に入っていったことを今もはっきり覚えています。一方井伊さんはがん宣告後も従来通りの単身赴任という不自由な生活を、余命短しという不安を常に抱えながら、60歳定年の日まで黙々と続けられ、やがて奥さんやご家族が待っておられる故郷彦根に帰えっていかれましたが、彦根帰省のわずか2年後、骨髄性白血病でご逝去と全国紙に報道された如くです。

ガン告知に動じない強い人は世の中に沢山みえます。皆様がご存知の、周恩来首相はガンに侵され衰弱していく肉体に鞭打って、重要な外交交渉には常に第1線に立っておられましたが、ある日突然大木が倒れるが如く、この世を去っていかれました。明治の唯物論者中江兆民は、喉頭ガン宣告を受けるや否や、人間は死んでしまえばすべて終りさと公言し、文明批評「1年有半」「続1年有半」を発表し、超然たる後ろ姿を残して人生を終えていかれました。精神分析学創唱者フロイトは悪性口腔ガン手術を33回も繰り返す16年間、80篇にも及ぶ学術論文を発表されました。しかし、臆病者の私は、とてもそんな強い精神力は持っていません。臆病者の私は、主治医が漏らそうとした「ひと言」が気になって真夜中には突然眼が覚め、迫り来る死の恐怖に悩み続けました。ガン宣告に対して堂々としておられる、強い精神力の持主は本当にうらやましいと思います。

「死が近づいてくる」。そんな気持ちは日に日につのります。自分自身に何度も言い聞かせました。人間には寿命というものがある。素直にこれを受け容れるしか仕方がないのだ。 ジタバタせずにあきらめよう。自分の命は、自分のものでありながらも自分のものではない。たまたま宇宙の偶然から自分に授かったものの、これは奇跡の積み重ねに過ぎない。人間誰にでも寿命があり、いつかは必ず死ななければならない。その順番が、とうとう自分にも回って来たのだ。そんな言葉を何度も心の中で呟き、あきらめようと努力するのですが、朝になり、目が覚めると、「自分はやがて死ぬのだ」と思いつめ、顔がひきつってきますし、目はすわってきます。

地球誕生40億年もの無限の彼方より、延々と受け継がれてきた生命のバトンタッチ。人間の遺伝子は自分の命を経由して無限の子孫に引き継がれていきます。だから自分の命は自分のものであっても、自分のものではない。こう自分に何度も言い聞かせるのですが、何故か、しっくりとこの言葉を、受け容れる気持ちにはなれません。当然です。天地宇宙は無限なのに、自分の命は有限です。これではいくら理屈をこねまわしても、所詮頭の中で堂々巡りしているだけです。

天地宇宙は無限の存在であるのに、人間の命は死によって終末を迎える有限のモノであると私達は教えられて来ましたし、自分自身もそう信じてきました。有限と無限は絶対に同一物に転化できないというのは弁証法の真理です 有限と無限を頭の中で統一しようとしたって、それは絶対に不可能だと弁証法は教えてくれています。

人は死によって終末を迎えると聞かされれば、人は誰でも死を恐怖するのが当然です。死を終末と宣言したのは一体誰ですか。死を終末と宣言した冷徹な哲学者を私は恨みます。結局貴方は人間を怖がらせただけですね

死は終末であると宣告した冷徹な哲学者を許すことは出来ません。死は怖くないと言い切ってくれる、臆病者の自分にも、心に優しい哲学が今の自分にはどうしても欲しいのです。

冷徹な哲学者が死は終末だと我々をおどすなら、よし、死を恐怖しない哲学をこちらの側から確立しようではありませんか。そうすれば、心も明るくなれるし、気持ちもすっきりするに違いない。自分には、明るく死ねる哲学がどうしても欲しかったのです。

世に死は怖い、断末摩が怖いとおびえる人達は沢山みえます。しかし断末魔の苦しみは、すでに幾つかの臨終の席に立ち会ってきた私の経験からすればそんなに怖がることではないと考えています。ガン末期症状の痛みも、緩和ケアの進歩で、モルヒネを合理的に調合した錠剤や徐放剤そしてモルヒネワインやモルヒネシロップなどで、今やガン末期患者も苦しまずに臨終の時を迎えることが出来ます。そもそも自然界の生物で、その死に際に、大騒ぎをし、七転八倒するような生物など見たこともありません。いずれの生物の死も、蚊を叩きのめすほどにあっけなく成仏出来るものす。人間も同じ生物です。心配することはありません。成仏はあっけなく遂げられます。

断末魔の苦しみは、人間の恐怖心が創り上げたひとつの妖怪に過ぎません。かって専制君主に反抗する民衆を拷問攻めでひるませたあの恐怖伝説みたいなもので、我々は何故それほどに死を恐怖するか、そのねらいを見抜けば、何も怖がらなくても良いのです。しばしば耳にしますね。もし、人間が死を恐れなくなったら、この世の中、自死がどんどん増えて困るって。死は怖いものだぞと民衆を萎縮させる見えない陰の力が、昔からこの世の中にはちゃんと存在しているのです。だから断末魔の恐怖など、そうした真相を見抜きさえすれば、もう怖がることはありません。

死とは何か、死は全ての終末なのか、私自身の死生観が、きちんと確立されていないままに死にずるずると近づいていことが不安でした。

ある日突然、「自分は、自分の誕生があの無限の世界から、この有限の世界に転化してきたのだから、死は当然この有限の世界から、あの無限の世界に転化していくことではないか」と気がつきました。

告別式でよくこんな挨拶を耳にします。「故人の肉体はこの世から亡くなりました。しかし今は亡き故人の面影をどうぞいつまでも心の中で大切にしてやって下さい」。このご挨拶は、死とはこの有限の世界からあの無限の世界へと転化していくことだと正しく理解されたうえで、故人を忍んでいらっしゃる言葉だと思います。

私が、この世に誕生してきたのは、ある日突然あの無限の世界からこの有限の世界に飛び込んできたからです。だからこの世から訣別していくのも、或る日突然この有限の世界から、あの無限の世界へと転化していくことだと思います。人間の一生とは無限から有限へ、有限から無限への転化にあると思います。ある夜ふとこの事実に気がついたのです。自分でもびっくりしました。これは真理だ。自分の中に一瞬光が走りました。

この発見によって、自分の心は、突然軽くなり、明るくなり、喜びの感動が沸き上がってきました。自分の周りが一度に光輝いたのです。これはすごい発見だと自分で実感しました。解脱というのでしょうか。

自分は長い間、死を終末だと考え、死で終りだとあきらめてきました。しかし死こそ人間を無限にするということに気がついたのです。

古代ギリシャの哲学者、ソクラテスはこう主張したとプラトンが書いています。人間の魂は肉体という牢獄につながれているが、死によって、魂は牢獄から解放され、自由に旅立つと。ソクラテスの主張する魂はイカサマだったと冷笑するのは簡単です。しかし有限と無限の世界をつないでいる何物かは必ずあると見通していたソクラテスの死生観は素晴らしいと思います。そうです、人間の遺伝子は、有限と無限の世界をつないでいる魂みたいなものです。そうだとすれば、我々現代人は、もう一度ソクラテスいやプラトンの教えに耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。

人間の死とはこの有限からあの無限へ転化していくことです。これは丁度水をどんどん加熱していけば、水は突然沸騰して水蒸気になって消えてしまう現象と同じだと考えて下さい。人間も同じことです。死を境にして、この世から突然消えて亡くなります。しかし、聞いて下さい。水は確かに沸騰して目に見えなくなりますが、 HOは依然としてこの地球上に存在しているのは貴方自身良くご存じですね。ここで水=この有限世界に存在する自分、HO=あの無限世界に消えた人間の本質と考えて下さい。自分はいま生命ある人間の姿をしていますが、同時に永遠に存在し続ける人間の一人でもあるのです。自分が死ぬということは、水が突然沸騰して消える如く、確かに生前の姿こそ消えてなくなりますが、人間であるという見地からすれば、依然として、自分の本質=人間には変りがないのです。だから有限の自分から、無限の人間に転化するとは、自分の本質=人間に戻るということ、すなわち人間=HOに戻るということではないでしょうか。

生前=有限、死後=無限のいう単純な図式ではなく、生前の自分=有限>>無限という不等式が、死後の自分=無限>>有限という不等式に変化するのです。ここで不等号記号(>>)は背景に存在する本質、すなわち直接ではないが間接に結びついている本質を意味しています。

具体的な例として茶碗の中のご飯をイメージして下さい。我々は茶碗の中のお米を食べているわけですが、茶碗の中の一粒一粒のお米が発芽から人間の口に入るまで、長い一生をたどってきたことなど意に介さず、茶碗のご飯を食べています。私達はご飯と言えば、誰でも先ず茶碗の中のご飯をイメージし、米一粒一粒に、思いを寄せることはありません。これを式に表現すれば、ご飯=無限>>有限となります。無限=茶碗の中にあるお米そのもの、有限=一粒づつの米に相当します。ご飯は茶碗一杯のお米であると同時に、一粒一粒のお米であり、これを不等式で現せば、お米=無限>>有限と表現出来るわけです。

しかし、勿論人間にとって一番関心があるのは、有限なる自分自身のことであり、無限なる人間一般を意識することなどめったにありません。私は50年間毎日 日記を書き続けてきましたが、50年間いつも関心を持ち続けてきたのは、有限なる自分自身でありました。無限なる人間一般、人間の本質などは読書テーマとしては強い関心を持って来ましたが、しかし、興味ある自分自身に比較して、人間そのものなど、ずっと遠い存在であると意識し、私の日記の片隅に人間の本質について書いたことなど一度もありません。私達は米一粒を意識しないように、人間は人間一般のことなど殊更に意識することはありません。これを不等式に表現すれば、自分は人間=有限>>無限と書き、ご飯は米=無限>>有限と書くのが自然だと思います。

私が発見!解脱!と大騒ぎしたのは、自分の死によって、自分=有限>>無限の不等式が突然死によって逆転し、自分=無限>>有限に転化することを発見したのです。

死が自分を無限にしてくれる、これこそが死は安らぎであり、死は自己昇華であるのです。私はここに、死は安心であり、喜びであり、憧れになると発見したのです

自分=無限>>有限という死後の不等式にて、無限=人間そのもの、有限=遺伝子で引き継がれていく自分を意味していることは言うまでもありません。死後の自分とは、沸騰して消えた水蒸気のごとく、掴みどころがない存在かも知れません。しかし、HOこそが水そのものである如く、貴方は生前中以上に、死後においてこそ、しっかりと無限なる人間そのものにつながっているのです。

死によって、貴方は貴方である前に、無限なる人間に戻ること、これこそが人間の本質であり、死の真相であると考えるべきです。

自分の死によって自分の肉体は消えたとしても、無限なる人間そのものはこれからも永遠に存在し続けます。自分自身の死後の存在如何とさらに貴方は追求なさるとしたら、貴方にはっきり申し上げます。貴方の無限なる人間としての自覚に比較すれば、貴方自身の死後の存在なんて、あまりにも小さな対象に過ぎません。自分は、人間であり、無限=永遠なんだと自覚して頂ければ、貴方はとたんに楽になれるのです。もしこの前提にご不満なら、毎日の茶碗のご飯一粒一粒に細かい思いを寄せて朝食をなさったら如何です。一粒一粒に思いを寄せてご飯を食べるなんて、とても出来ないと気が付かれるでしょう。その時にこそ、始めて、無限>>有限の意味が解って頂けると思います。

人間は、数十万年の昔から有限と無限とがつながっていることに気が付いているはずです。何万年の昔から、人間は自分の種族保存の為には、死さえ厭いませんでした。これは無限の世界から引き継がれた協同体的帰属意識というものです。もっと卑近な例を挙げれば、食を求め、子孫を残そうと互いに異性を求め合うなど動物本能と言われている意識でも、これは誰に教えられたものではなく、無限の祖先から、有限のこの種族に引き継がれた動物本能というものです。これらはまさに有限と無限を結びつけている太い絆の断面です。こうした意識は、過去(無限)から現在(有限)まできちんと貫徹している以上、有限と無限はつながっていると誰もが気づくはずです。それなのにどうして死が終末だなんて主張できますか。死が終末なんて間違っています。

死ねば全てが無になってしまうと主張した冷徹な哲学者よ、貴方は間違っていますよ。現に生命を司る遺伝子は、無限の世界から有限の世界に結びつき、我々が死んだ後も、遺伝子の流れはどこまでも無限に続いていくではありませんか。天地宇宙は無限であり、遺伝子もまた無限です。人間は無限の存在です。死は決して終末なんかではありません。

こうして、有限から無限へと転化していく自分をイメージしていくと、自分が人間であるということは、あたかもHOみたいな存在なのだと自覚できます。すなわち水にとってHOが本来の姿である如く、無限である人間の姿こそが、自分の本来の姿なのです。自分は人間なんだと自覚することが、無限=永遠である人間と宇宙の無限=永遠とが無限同士で同一物に転化出来る秘密となるのです。この無限同士の転化統一は、勿論哲学の原則、弁証法の真理にきちんと合一しています。

緑豊かな大自然の中、鳥はさえずり、水がこんこんと湧き出て、動物達は森の中を自由に飛び回っています。この大自然の無限の情景の中に自分もひとつの存在として仲間入り出来る自分をイメージ出来ます。人間の本当の姿は、緑豊かな大自然の中にこそ生き生きとしてくるのです。感動です。夜床の中に入っても、もうじき自分は天地宇宙の無限とひとつになれるのだと思うと、心が自然と落着つき、気持ちがピーンとしてきます。

近代人は、知性という杖を握った為か、迷路の中をさまよっています。天地宇宙の無限を認めながら、自分の命は有限だ、死は自分という有限のモノの終末であり、この世にはモノ以上にモノを超越する何物も絶対に存在し得ないのだ。もしモノを超越する何物かを主張する哲学があるとすれば、それはニセモノであり、クセモノなのだ。この世の中、あくまでも客観的存在だけが有限世界のすべてであり、ここに全ては完結していると主張し、これを近代人の知性としています。近代人の知性は信仰とは対立するものであると多くの人が信じています。しかし、信仰を否定する勢いに乗り過ぎて、自分を見失っていると評されているのも、こうしたモノこそ、全てであるとする現代思想を乗越えられない悲劇から出発しているのかも知れません。

現代実存哲学の祖ともいわれるハイデッカーは、無神論の立場に立ち、存在そのものの意味を哲学として問うています。しかし難解なハイデッカーの哲学から見えるのは、ナチズム登場を背景にしたヨーロッパの重苦しいニヒリズムだけです。陰気な哲学はもう結構です。我々はこれ以上迷路に深入りしたくもありません。

私は、近代人の死に対する哲学の混乱から、なんとかもがきながらも這い出して来ました。自分の死はこの有限からあの無限の世界に転化していくことであると悟りきることにより、暗から明に転化出来たのです。自分の死とは、無限なる人間の本質に徹することであり、天地宇宙と共にあると実感することです。

美味しい魚や、肉や、野菜を食べながら、この魚、この肉、この野菜は、天地宇宙に所属する存在であり自分とは同一物なのだという感動が沸き上がってきます。これは限りない喜びです。死が喜びに変りました。自分の命は有限から無限に戻ることによって、天地宇宙の無限と同一物になれるという発見は、自分の死を喜びにかえました。とうとう死を恐れない、いや、死を憧れに出来る哲学にたどりついたのです。感動です。歓喜です。

思えば自分が始めて人類未来史というものに出合ったのはまだ青春の真っ只中、唯物論哲学を学び始めた頃でした。人類はこの不合理な人類前史をやがて克服し、私的所有を否定し、自由なる個性を発揮できる人類本史に必ず突入出来るのだという偉大なる夢に接した時、人間この素晴らしきものと、天を仰いで感動したことを思い出します。

私は自分の死に際してこの偉大なる人類未来史の夢が必ず人間の手によって実現出来ることを信じて、この世に別れを告げたいと思っています。いやこれは、告別の辞ではなく、自分の意志は、この有限の世界にしっかりと結びき、この偉大なる人類未来史の夢実現に向けて、人間そのものの努力として、有限の姿から連続する無限の意志として参加し続けるべきだと考えています。人間とは未来を求めて確実に前進出来る存在であり、自分の意志もまたその方向にそって、何時までも仲間と共に未来に向って前進する力でありたいと願っています

今はぐっすり眠ることができます。自分は自分の死に憧れています。死はもう怖くありません。死は怖いものどころか、憧れです。安らぎです。

これが私の悟りのすべてです。もしこの悟りが、あなたの命の息ぶきに幾ばくかのお役に立てれば幸せです。読んで下さって有難うございました。最後に当初主治医がつぶやいておられたガンの疑いは、矢張り根拠のあるものでした。この度、大腸内視鏡検査によって、横行結腸に可成り大きな進行性悪性腫瘍が発見され、主治医からは即入院、開腹手術をと言われています。しかし、もう、今はガンと耳にしても、家内と同様に、ニコニコ笑って、手術室へ向うことが出来ると思います。何故ならば、死は恐怖ではなく、憧れに書き替えが出来ると知ったからです。

<附記> 貴方もご存じの如く、ドストエフスキーの名作「カラマーゾフの兄弟」冒頭に出てくる聖書の一節

「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。死なば多くの実を結ぶべし」

という言葉の意味は
、広辞苑によれば他人の幸せの為に犠牲になる人の尊さを謳った言葉と解釈されています。しかし、私はもっと深い別の意味がこの言葉には隠されていると思っています。

すなわち、この言葉を何度も何度も深く読み解くと、
生は有限であるのに対し、死は無限であり、無限にこそ、生の救いがあると、理解されるのではないでしょうか

巨匠ドストエフスキーも、死こそ無限=人間の本質への入口であり、死は恐怖ではなく、それは無限なる生命への最初の一歩であり、死は憧れに書き替え出来ると気がついていたのかも知れません。

私はそう信じたいのですが、貴方は如何お考えですか。


(2003年5月16日(大腸がん発見 刈谷総合病院即入院の日の朝)更新)












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最後に

自分に「死」が迫った時、きっと「もっと生きたい、助けてくれ」と叫ぶに違いない。それは、死を肯定してきたこの書と矛盾するではないか。
死の苦痛の中で、自分はきっと「助けてくれ、」と叫ぶに違いない。しかし、その時、自分に死を受け入れる気持ちを生み出してくれるのは何だろう。
僕は思う。「もう、充分に生きたのだ。これ以上生きていたら、残る人達にもご迷惑がかかる。死は、生き残る人びとにご迷惑がかからない、最善の解決策だ、さあ、死のう」と僕は静かに決断し、目を閉じたい。そして、生き残る人びとは、去っていくこの人を褒めてあげて欲しい。良い死に方だったと