定年後の読書ノート
貧乏物語 京都帝大教授 河上 大正5(1916) 朝日新聞連載

1946 岩波文庫

この本は高校生の頃一度読んだ。河上肇には求道者、清貧といった日本古武士を感じたが、それ以後のマルクス人物像は、河上肇の目を透して見るマルクス人物像になっていることを反省し、マルクスに対し自分は何故か強い嫌悪感さえ持つようになっていることを思い出し、もう一度読み返してみる気になった。

貧乏物語も今読み返すと、随分観念的な内容で、どうして当時強い印象を受けたのか疑問だ。曰く「貧乏線以下の人達の救済こそ緊急。その解決には先ず金持階級の贅沢を抑制すること。欲望抑制の為には、国家統制も善である。」と。又「アダムスミスは余の尊敬する倫理学者であり、各自の所有欲追求が、最終的に国家の富を増やすという理論には深く敬服するところだが、一方マルクスの、社会革命理論には信頼出来ないものがある。何故ならマルクスは自分の家族さえも、人並みの幸せを与えることが出来なかったではないか」と。人生論から語られると高校生には大きな動揺だけを残す。

その後マルクスの顔写真を見ると、子供の棺桶さえも買ってやれなかった男、女中に私生児を生ませた男、子供を次々と自殺にまで追いやった男と潜在的なマルクス像がそのまま、大きな影響を自分に残していることに気づく。 河上肇は日本にマルクス主義を紹介した先駆者の一人であり、京都帝大教授の風格と一徹さを身につけ、一時代を風靡した先覚者ではあるが、大きな限界を背負っている。

河上肇によって植え付けられたマルクスの人間像には、屈折した大正期の反共意識が活きずいていて、マルクスの真実の生き方にも迫っていないし、逆にマイナス面のみを前面に印象付けていることは確かだと思う。

科学的社会主義は勿論人生観、倫理観も大切にしているが、先ず人類の歴史的発展とその科学性、哲学の根本での人間の意味、 そして、観念論を克服して唯物論に至った哲学的な意味を学びなさいと教えている。マルクスを学ぼうと思えば、先ず資本論を通して語られる新しい時代への経済学、これらをきちんと整理してこそ、始めてマルクスが見えてくるはず。まず謙虚に古典を学び、先達が何を我々に遺してくれたのか 学びとらねばならないと自覚する。 [追記]
河上先生は「貧乏物語」発表後次第にマルクス経済学へと傾斜し、その求道者的風格は世の注目を集めた。先生は昭和7年「第二貧乏物語」を発表、この作品が、大戦前の知識人に大きな衝撃を与えた。第二貧乏物語の一節にあった「自分は木登りすら出来ない臆病者だが、真理を自覚した自分には勇気がある」との名文は高校生の自分にも強い衝撃だった。 「貧乏物語」から入って「第2貧乏物語」に至る読書道もひたむきな高校生には現在でも貴重な勉強になると思う。河上先生は終戦直後の短い間に 戦中十数年間も獄中で戦争に反対して戦った闘士達を熱烈な歓声を上げて迎えられ、呆然気失していた人民に、真理とは何か瞬時に気付かせ、この力は戦後の民主化へとつながっていった。 「自叙伝」は、美しい文体と、治安維持法を死さえ覚悟で阻止すべく立向った山宣さんへの思慕をはじめ、求道者の風格が偲ばれ、今も読むものの胸を打つ。

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