定年後の読書ノートより

一杯のかけそば、栗 良平著。角川文庫。平成4年初版

短篇。北海道の裏町、大晦日そろそろ暖簾を下ろそうとしているある小さなそば屋に、貧しそうな母親と幼い兄弟の3人がソォーと入って来た。「あの.....かけそば.....1人前なのですが.....よろしいでしょうか?」 。3人は1杯のかけそばを分け合って食べた。その次の年の暮れも、その次の年の暮れも。

やがてぷっつり来なくなって、十数年。成人した親子3人が再び大晦日にそば屋に現れた。息子は立派に成長し、この度大学を卒業しました。というお話。この話は当時大ヒット。多くの人々を泣かせたらしい。

何度か題名を耳にしていたので、軽い気持ちで文庫本を手にした。話の前半は貧しい親子に同情し胸が熱くなる思いだったが、後半は立身出世を成し遂げたいやらしい話だと思った。この話を読んでしばらくして、新聞紙上で作者栗良平は詐欺罪で逮捕されたと知った。大酒飲みで、あちこちで人をだまし歩いたそうな。こんな話を書くような男にふさわしい結末だった。貧しさから救われる道、それは自分だけが貧困から這い上がれば良いとする性質の問題ではない。貧しさは、決して恥かしいことではない。作者は何故堂々と貧しさからの解放を求めて、毅然と立ち上がる人間のりりしい姿を書けなかったのか。人間の美しさとは、人間の尊厳を大切にしようと、一生懸命に生き抜く姿にこそあるのではないか。

思えば自分達の父親が胃病で突然亡くなったのは昭和25年12月だった。中学2年の姉を最年長に、生後12日目の末弟を下にして、母親は5人の子供を抱え、戦後のどさくさの世に路頭に迷った。貧乏の深刻さは「一杯のかけそば」の比ではない。母親は末弟を背に鉄工所で夜遅くまで働いた。母親は擦り減った下駄が途中で割れてしまい、冬の寒空の下、裸足で痛い足を引きずって帰って来たこともある。

小学5年から新聞配達を続けながら、常に学年トップの成績を守り続けた次弟東亜雄は、とうとう高校進学すらかなえられず、働きに出た。彼は父親譲りの才能を生かして広告美術の世界で実績を重ね、業界からも一目を置かれる存在だったが、平成8年最愛の家族を残し、長年の苦労が重なった為か、心筋梗塞であっけなく逝ってしまった。末弟徳三も名大法学部を卒業後、 冨士銀行東京勤務にあったが、28歳でこれからという時、胃潰瘍の手術失敗から術後10日間であっけなく逝ってしまった。こうして、総てはセピア色のアルバム、母も姉もそれぞれに、苦労しながら父亡き後40年間を過ごしたが、身体に無理を重ねた為か、哀しいかな、今はもうこの世にいない。

この度、定年後の最初の読書として自分は「資本論」を読んだ。貧富の差は何故存在するか、隠されてきた歴史的、社会的秘密がこの本によって充分理解出来た。

貧乏を恥じて権力にへつらう人、萎縮する人、落伍していく人、それぞれの生き方はある。 しかし貧乏は何も恥ずかしいことではない。大切なことは、この貧富の差をどう考えるかだ。

マルクスは後世の人々を貧乏から救わんが為、自分の子供の棺さえも買ってやれない極貧生活下で、資本主義社会を徹底的に研究し、「資本論」を書き上げた。マルクスは数十年間の研究生活の結果、資本主義社会の仕組みを解明し、貧しさからの解放への道を、はっきりと後世の我々に示した。

「一杯のかけそば」は貧乏人一家が、おろおろと年越しそばにありつき、やがて月日が経ち光明が差してきたという紙芝居物としては人々の心を打つか知れない。 しかし、主人公だけが極貧生活から脱出出来たとしても、それは川でおぼれていた子供が幸いにも救い出されたハッピーエンドとは話の性質が違う。メデタシメデタシという話ではない。貧乏は個人の問題ではないのだ。この世の中にものすごい力を持っている金持ちグループと、働くだけが唯一の手段の膨大な数の貧乏人グループがいて、金持ちグループと貧乏人グループは貧乏の基本問題をはさんで、社会的・歴史的対立の中で、血みどろの闘いを重ねてきたのだ。貧乏は社会的な視点で解決せねばならない。個人的に自分だけうまい逃げ道を見つけ出し、抜けだそうとする問題とは性質が違う。貧乏を解決する社会的・歴史的な仕組みをしっかりと学び、しからば何をすべきか、実践への勇気を、読む者に与えてくれるお話にこそ出会いたいものだ。

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