定年後の読書ノートから
「豊かさ」のあとにー幸せとは何かー飯田経夫著、19842月発行、講談社現代新書
まだ日本経済が右上がりに燃えていた時代、ケインズ経済学の新進気鋭の経済学者である飯田経夫先生が各界から期待を集めていた頃に書かれた、新書版シリーズ物の1冊。

「豊かさ」をもてあました日本人はこれからどう生きるのかという当時は誰もが一杯気分で語ったお話。この本の興味は、経済学のジャンルによって、世の中の見方がこんなにも違ってくるということを言葉の端々から感じてみたかった。

飯田先生曰く。もともと技術革新は、労働生産性を上昇させ、人手を節約する。しかしこれまで雇用問題が表面化しなかったのは、経済成長により失業分を吸収できたからだ。雇用問題の解決策としては個人消費を中心とする最終需要を拡大すれば良い。先端技術が、最終需要にプラスする力を欠くとき、低成長は不可避となり、雇用問題の発生は避け難い。

心配なのは第3次産業での雇用吸収力は果たして今後も期待出来るのか。もの作りの場では市場メカニズムの効率性は有効に働くが、第3次産業とは従来感覚でははかれない、妙な分野であって、人が割り込めるスキマがあるし、そのスキマも作り得る。

飯田先生はこの当時は失業者はサービス部門で吸収出来ると楽観論。何故ならサービス部門は、得体の知れない仕事が幾らでも作り出せて、膨れ上げることができるからだ。そしてその結果、「脱産業化社会」なる時代到来となる筋書き。但し不安はある。OA機器の進歩で第3次産業も根底から質的変化の時がやって来ないかと。

以上のお話はよくテレビで聞く解説と論調も似ているし、すとんと胸に落ちる。しかし、ケインズ経済学の視点はどこか現象把握を整理しただけで、例えばここに大波有り、そちらに凪あり、だから次の瞬間、水面の様相はきっとこんな具合だろうといった予測を教えられた感じであり、よしそれならここで投資すれば儲かるぞといったよこしまな気持ちが先ず先走る。ケインズ自身が大の投機家だったこともうなずける。

一方マルクス経済学は、水は高きより低きに流れ、広きより狭き流れにおいては水流が早くなると科学的理論体系を基礎として説き給う。従ってこの激流で泳ぎ渡る労働者諸君の安全をどう考えて行くべきかといった視点で激流を解析する。

だから観測者の視点はケインズ経済学とはまるで違う。マルクス経済学は世に不毛であるとたたかれているが、むしろ労働者階級の立場に徹しているので、そこから得られるものは、階級利益であるところに根本問題があるのだと思った。誰の為の経済学か、こういうことが現在の経済学の問題なのだなと思う。

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