定年後の読書ノートより
杉浦明平が語る;今昔物語
杉浦明平著、かたりべ草子、平凡社
自分は、この本の中で、「鏡箱の歌」が一番素晴らしいと思った。

その年、大飢饉にみまわれ、都には人々が食べる米が無くなった。定基朝臣の屋敷に、ある日一人の女が鏡を買ってくれとやってきた。最愛の妻を亡くし、人生に絶望していた定基朝臣は、「買ってやっても良いが、一応品物を見せてもらおう」と、鏡箱を開けた。箱の中に一枚の和歌が忍ばせてあった。

けふまでと見るに涙のますかがみなれぬるかげを人にかたるな

<和歌の意味>貧乏のために鏡を売らなければなりません。それで今日でお別れと思って見るにつけて涙がますます流れますよ。私のきれいによく澄んだ鏡よ。お前に長年映っておなじみとなった私の姿を他人にしゃべらないでおくれ。

この和歌を詠んで、定基朝臣はあわれさに涙を流した。彼はそっと鏡箱を女に返し、下男に女のもとに米を届けよと命じた。下男は帰ってきた。定基朝臣は由緒あるらしき女の住まいについて、下男に何も訊ねようとはしなかった。

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