定年後の読書ノートより
18世紀フランス地下哲学研究の現状と展望

―ジャン・メリエの「覚え書」と「地下哲学」、日大、石川光一著

フランス哲学史を研究しておられる石川先生から、上記表題の別刷を頂いた。18世紀のフランス哲学の状況に関しては、フォイエルバッハ論の冒頭にも簡潔に述べられている。闘うフランス哲学者達は、書き物を自国内で出版することはバスティーユを意味したと。我々はこの時代の哲学者達を啓蒙思想家と呼んでいる。

ジャン・メリエ(16691729)は、フランス片田舎の主任司祭として、「まじめ」に職務を果たし、自筆の「覚え書」を残して生涯を閉じた。しかし、埋もれたであろう「覚え書」は、メリエが憎んでいた権力側の手に渡り、今日に残った。

「覚え書」は、97700頁に及び、社会的不平等や支配者の圧政を告発し、民衆にその打倒を呼びかけた。民衆の精神的支柱なるキリスト教を批判し、これに無神論、唯物論を対置した。メリエは王侯、貴族の暴政と僧侶のペテンによる二重の民衆支配を明らかにし、宗教とは愚かな民衆を支配する為の政治的手段に過ぎないと激しく訴えた。

ジャン・メリエの「覚え書」は、哲学的特徴を持っている。

1;政治批判を根底にしていること

2;哲学本来の重要な主題のひとつである世界観の次元まで及んでいること

3;体系的整合性をもっていること

かって「諸学の女王」として君臨した哲学は、目下、逼塞状況にある。現代哲学は今後何処へ向かうべきか。認識論主義はあまりにもドイツ哲学の展開に引きずられていないか。

対話的理性のあり方、主体の相互関係性という概念によって指示される認識活動の領域こそ、今あらためて重視されなければならないだろう。18世紀フランス哲学には「対話の名手」ディドロがいた。「地下哲学」はそうした問題を際立たせてくれる位置を占めている。

今、明らかにされていく地下哲学の研究に於いて、歴史的社会的な存在としてテキストの持つ意味が時代状況と織り成す関係性を解明していくことは、「全体」の中で「個」の意味が現れるというように言い換えることも可能である。

以上が石川先生の研究論旨である。最後にチョット小話。論文の中に「女哲学者テレーズ」のきわどい描写がフランス語原文で載っている。かってフランス文学者永井荷風は、「四畳半ふすまの下張り」を戦中地下出版で世に問うた。永井荷風は18世紀フランス地下文学に密かな関心を寄せていたのではなかろうか。

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