定年後の読書ノート
「「敗北」の文学」 宮本顕治著
新日本文庫 34 新日本出版社
「「文人」という古典的な文字の相応しいとされていた芥川氏の住んだ世界は、長い間、私にとって、かなり縁遠いものに思えていた。」

東大の入試問題に出題されたこともある、この印象深い書き出しで始まる「「敗北」の文学」を始めて読んだのは、高校3年の夏だった。身体が震えるような感動を覚えた。芥川竜之介は何故自殺せざるを得なかったか、東大在学中の宮本顕治氏が、雑誌「改造」懸賞論文に応募、見事1位を獲得した作品である。2位が小林秀雄の「さまざまなる意匠」、そして宮本顕治氏はその後前衛の1人として、敗戦まで12年間の網走監獄生活。

いよいよ自分も定年を迎え、自分の人生とは何であったか考察する時期に入った。この40年間、自分は、旗色を鮮明にする人達とは、遠く離れて歩いて来た。その間大学ではヘルメットと鉄パイプが乱れ、やがて消え、ソ連邦はベルリンの壁と共に崩壊した。職場では労組も名前だけの存在となり、会社では管理だけがますます研ぎ澄まされて行った。しかし、技術者である自分にとって、海外で幾つもの工場建設に参加するのはやりがいのある仕事だったし、時には異郷をスケッチする歓びの時間にも恵まれた。今自分は人生の総括にあたり、自分の生き方は果たしてこれで良かったのだろうかと反問する。数多くの定年者が定年を迎え、やることはテレビとパチンコと聞く。それではあまりにも可哀相ではないか。

同じ総括が、宮本顕治氏にもあった。芥川竜之介を通じて追求した結論は、動揺する小市民階級知識人の弱さを、我々は踏み越えて進まねばならないと宣言された。「「敗北」の文学」でこの宣言を高らかに掲げた宮本顕治氏は、侵略戦争に反対し、12年間の網走刑務所の独房で死との闘いの中、「単に決意としての方向にとどまらず、実践的感情としてためらいなくそれを肯定できると思った。」と書いておられるが、これは単に宮本顕治氏ひとりだけの感動ではなく、良心的に生きるとはどういうことか、歴史的試練を経て日本の知識人各位に贈られた人生教訓でもある。自分は今、この素晴らしい諸先輩が残された偉大な教えをゆっくりと、ゆっくりと学びたいと思う。

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