定年後の読書ノートより

時代を読む;自分の足で立ち、歩く為の読書法:佐高 信、光文社文庫、550

「「会社国家」の日本で、企業とどう距離をとるか、企業に対してどういうスタンスをたもつかは、決定的にその人の視点に影響する。」…・・・・・・・この著者の気負いともいえる言葉に誘われて本書を読み通す気になった著者は信条としてドレイ的精神を排す魯迅を批評精神の原思想としているとのこと。ここに掲げた企業に対する著者の毅然とした姿勢も魯迅の教えからスタートしているに違いない。

著者は久野収先生を師と仰ぐ。次の久野収先生の言葉が著者の若き情熱を高ぶらせた。「だから君は勉強が足りないというんだよ。マルクスを読んでいれば、そんなバカな感想は持たない。マルクスや共産主義に不信感を持つのはいいが、マルクスを読まずして批評するのはただの反共主義だ。もっと勉強しなさい。」。若き日の佐高氏頭をうな垂れ久野収先生の教えをかみ締め以後自分への戒めの言葉にしていると。

著者は慶応大学法学部時代、いろいろな大学の名物講義をハシゴしていたようだ。故郷山形県で高校教師をした後、再び上京、経済記者になる。経済記者駆け出し当時の乱読ノートが、本書「時代を読む」であり、憶え書き程度でも仕方がないかも知れないが、少々題目に比して内容は期待外れと言わざるを得ない。著者は通常、本は床の中から顔だけ出して読むそうだが、せめて読書ノートぐらいは、もっと重厚にきちんと書いて欲しい。憶え書き程度では本を書いた作者に対して申しわけないと思う。

振り返って自分はこの春定年を迎え、もう企業に対してもいささかの気遣いも気兼ねも無くなった。ここに始めて読書ノートをホームページに公開することが出来る。

佐高氏のいうように、「会社国家」日本では企業に対してどういうスタンスを持つかは決定的にその人の視点に影響する。時々こうして自由に読書ノートをホームページに公開できる幸せをしみじみと実感する。定年後の読書ノート、なんて素晴らしく気持ち良いことか。

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