定年後の読書ノートより
森岡博一/井上章一対談集;男は世界を救えるか、

第1章、売春と臓器移植における交換と贈与より。筑摩書房。1700

超マジメテーマな快男子森岡氏と一筋縄ではいかない男井上氏の格闘対談。これが面白い。

井;何故売春が悪かね。労働も体を売ることでは同じでないかね。森;体と売春、概念が違うよ。井;論理的にはね。性につながる売春が悪なのかね。森;売春は快楽を対象としてます。目に見えないものです。これを体で括ってはおかしい。

井;これは比喩。ところでどうして売春が悪なの。知識の切り売りだって、目に見えないものだよ。善悪は何処に基準があるのかな。森;問題は売春を存在させてきた我々が一方では売春の否定を主張する所にある。井;ほう、自衛隊と社会党の関係みたいだな。森;売春は本質的に悪とする否定的な考えと、必要悪とする肯定的な考えがある。

井;そんなことどうでも良い。本来タダで在るべきものが、高く売りつけられることが悪かね。森;そうだ。値段をつけるべき物でないものに値段を付けることが悪。井;しかしね、値段は需要と供給で決まるんだよ。

森;倫理的には売春は交換財の対象ではない。愛とか、人格とか値段を付けるべき対象じゃない。資本主義があらゆるものを交換財の対象にしてしまった。井;だとすれば倫理学は資本主義にとって反動勢力だね。しかも資本主義は連戦連勝で倫理はいつも負け戦。

森;そうです。現代の倫理は資本主義の波に待ったをかける力として、期待されているのです。

超マジメ男と、京都の一筋縄ではいかない男の対談。話はこうして次々と続く。2人の上に例の宗教学の山折哲男氏が居た。オウムが人々の前に登場する前のこと。

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