定年後の読書ノートより
蝉しぐれ
藤沢周平著、文芸春秋社、1988 1400
牧文四郎は隣の娘おふくを憎からず思っていた。しかし突然事件は来た。城に呼び出された父は、切腹を申しつけられ、文四郎は人々の白い目の中、父の遺体を受けて、大八車を引いた。蝉が泣く坂道を涙を抑えて少年は車を引いた。突然車が軽くなった。おふくが後ろから人の目を気にせず押してくれた。数年が過ぎた。文四郎は剣道の道を極め、やがて藩の武士に。おふくは江戸に勤め、やがて側女に。父の死は藩の権力闘争であった。そして再び文四郎にも同じ手がせまる。しかし今度は違った。文四郎は克った。そして時が経ち、再び、そして始めて文四郎とおふくは唇を合わせることになるが、二人の人生はもう取り戻すことは出来ない。というおはなし。

藤沢文学は始めてだが、まじめで、ひたむきな、貧乏青年が背筋をしっかり伸ばして生きる姿は読む人の感動を誘う。多くの大衆作家はこの一冊を泣ける作品ナンバーワンに上げている。人生をひたむきに生きる姿を肯定的に見詰める作品は気持ちが良い。しかし、松本清張に見たあの社会性と野生味はない。あまりにも純粋すぎて、弱すぎる。世の中の汚さ、いやらしさ、あくどさに疲れている大衆は、この作品を読んで何を感じているのだろうか。

追記
作家井上ひさしが、この小説を克明に読解することによって蝉しぐれの舞台、海坂藩の地図を作り上げ、ストーリの中で2箇所、風景描写に誤りがあると指摘していることを知った。 井上ひさしはすごい作家だと思った。かって中野重治が志賀直哉の暗夜行路作品論を展開する中で、時任謙作の述懐を詳細に読むと、作者と主人公の立場が 逆転矛盾していると指摘され、すごい衝撃を受けたことがあったが、井上ひさしの蝉しぐれ地図に も同じ衝撃を受ける。2人の作家の粘着性こそ、まさに学ぶべき大切なところだと思う。

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