定年後の読書ノートより
大いなる失敗

― 20世紀における共産主義の誕生と終焉 ―

ズビグネフ・ブレジンスキー著 伊藤憲一訳

飛鳥新社 1889年10月初版、1900円

この論文はソ連邦崩壊を予言していた

10年前この論文は衝撃的だった。当時アメリカは、キッシンジャと、この著者ブレジンスキーの2人が冷戦戦略大御所であり、冷戦当事者が筆を執った著作はそれだけに衝撃は大きい。日を経ずして目前に展開するベルリンの壁崩壊、ソ連邦崩壊の姿を見て立ち尽くす知識人達。本書はこの歴史的大ドラマを予言し、かつ総括しているのである。あれから10年、この度あらためて読み返し、この書の主張をもう一度我々は耳を傾けなければならないと実感している。

  1. 何故、これほどまでに人々は共産主義に思いを寄せてきたのか。
  2. 何故、スターリンは民主主義を破壊し、多くの粛清を強行したのか。
  3. 何故、ソ連邦はテクノロジー戦争で資本主義諸国に負けたのか。

本書は、著名な反共文書であり、当時より多くの反論が書かれ、自分もそれら反論書も読んできた。しかしここでは、忠実に筆者の主張されているところを正確に要約し自分達は現実をきちんと見ていたか、反省したい。

1;何故、これほどまでに人々は共産主義に思いを寄せてきたのか。

共産主義が20世紀の歴史に、これほど大きな位置を占めてきたのは、教義の「極度の単純化」が時代に合っていたからだと言えよう。あらゆる悪の根源が私有財産制度にあるとした共産主義は、財産を共有することで真に公正な社会が、したがって人間性の完成が、達成できると仮定した。この考え方は人々の心をとらえ、期待を抱かせた。そこに人生の意味を説き、その解釈の全体性と単純明快さが、人々を安心させ、行動に駆り立てた。共産主義は解りやすい思想体系であり、過去および未来への独特な洞察を備えて、もっと世界を理解したいとする知識人の欲望に応えた。総ては直接的な行動で得られるという、単純すぎる考えを人々に植え付けた。

2.何故、スターリンは民主主義を破壊し、多くの粛清を強行していったのか。

レーニンは2つの遺産を遺した。政治権力を少数の手に集中したこと、恐怖政治を頼みにしたこと。テロを肯定すると、支配層と秘密警察の関係が深まっていく。独裁とは、法律や規則に制約されず、直接暴力に依拠する権力のことである。スターリンは自分達を歴史的立場から正当化した。すなわち、理想の政治形態をめざして、社会を改造する為に、たまたま攻撃する立場に立ったのだという。党に最高権力を持たせることで、一国社会主義は国民を国家の最高権力に完全に従属させた。ピラミッド型の権力組織は、テロリズムによって固められた。ソ連では、生と死が、血も涙もない少数の人間の手に握られた。彼らにとっては、人民に死を与えることは、日常茶飯事にすぎなかった。スターリン時代の犠牲者の数は、2000万人を下らず、恐らく4000万人に近いと見積もられている。スターリンは人類史上最大規模の虐殺を行った。

  1. 何故、ソ連邦はテクノロジー戦争で資本主義に負けたのか。

国家が消滅するはずのソ連で国家が最も極端な形となった。イデオロギーに閉じこもり、官僚的中央集権をとる体制では、生産割当てと価格は国家が決め、管理者は生産の効率化をはかる必要のないまま、監督にあたる。労働者も動機がないので、生産性や品質を高める意識は持てない。さらに監督者も労働者も利害が一致するので、公式の報告書成績はますますあてにならなくなる。ソ連の成長率は停滞し、経済は萎縮した。日本に簡単に追い越され、ソ連は特に新しいテクノロジーを社会経済に応用する分野でも遅れをとった。いや遅れをとったばかりではなく、恐ろしく無駄の多いものになっていた。競争や合理化や技術革新をはかろうとする動機が無い為、ソ連の工業だけではなく、東欧諸国の経済、社会までが、官僚的な非能率や逆効果を絵に描いた様な状態になってしまった。

今やソ連は人々の理想とする社会ではなく、国民の半数以上の人々は「自分達は公平な社会に住んでいるとは感じない」という驚くべき世論調査を1988年ゴルバチョフの手で発表されている。世界の殆どの人々にとって、ソ連はもはや憧れの対象ではなく、避けるべき反面教師とみなされるようになってしまった。

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