定年後の読書ノート
読書について、思索、著作と文体 ショウペンハウエル著、斎藤忍随訳、岩波文庫、360
ショウペンハウエル(1788-1860)はドイツ哲学者。この書からもヘーゲル哲学に対する鋭い嫌悪感。曰く。

フィヒテヤシェリング、ヘーゲルのような知らないことを知っているように偽装したがり、考えも言いもしないことを、考えたり言ったりしているように見せかける」と。

ドイツ語を守れと叫び、形容詞と副詞を使い分けない三文文士をこき下ろす。すごいゲルマン民族根性。曰く。「現在、非良心的三文文筆家が巷にあふれ、無用な悪書が氾濫し、悪徳を撒き散らしている」と。

有名な古典賛美の一節。「我々は出来るだけ重大な問題について、創始者のものを、定評ある大家のものを読むべきであり、むしろ古典を求むべきであり、古典の内容を抜き書きした解説書はひかえるべきである。」と。

読書については、「誰でも、自分の興味をひくもの、言い換えれば自分の思想体系に合うものだけを、精神のうちにとどめる。重要な書物は、2度よむべきである。

良書を読むためには、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力には限りがある。

熟慮を重ねることによってのみ、読まれたものは、真に読者のものになる。それとは逆に、絶えず読むだけで、読んだことを後で考えなければ、精神に根を下ろすこともなく、多くは失われてしまう。

ショウペンハウエルを読んでいると、ギリシャストア哲学セネカと思考姿勢というか、観察視点がよく似ており、読みやすく教訓的文節も共感を呼ぶ。しかし、丁度ヘーゲルからマルクスへと、哲学の激動があった時代、一方では時代の動向を歯ぎしりをしながら、苦渋の眼で見つめていた知識人達がいたことは彼を通じて実感出来る。

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