読書ノート
マルクスの人間観 柳田謙十郎18931925年京大哲学卒西田幾太郎の門下生 青木書店1973年第1版
河上肇のマルクス人間像とか、岩波新書「資本論の世界」内田泰彦等によれば、マルクスとはどういう人間か疑わしくなる。しかし、感情論ではなく、マルクスの哲学、人生での一貫した態度、数多くの作品こそ学ぶ必要がある。河上肇と同じ京都学派で西田哲学陣営より、マルクス陣営に加わり、青年達の生き方を指導した柳田謙十郎が80歳で記した柳田謙十郎のマルクス人間像を読む。
  • マルクスの主要著作、1844年「経済学・哲学手稿」のみならず、「剰余価値学説」も「経済学批判要綱」も「資本論」も未稿である。マルクスは哲学、政治学、経済学等を止揚して、包括する「人間の科学」を実現しようとしていたのではないか。ヘーゲルのごとく一つの体系を観念的に構成するのではなく、総合的体系を開かれた体系を未来世代の理論的、実践的努力に期待いていたのではないか。
  • マルクスの才能をもってすれば、もっと物質的、社会的に幸福に生きる道はいくらでもありえた。マルクス主義者の生活は今もいずれも貧しく、不安に満ちている。この苦痛や不幸にいくら耐えても、個人に報いが与えられる見込みは無い。人間の良心と勇気の源泉にあるヒューマニズムの精神を内にたたえた者でなければ、マルクス主義を真に生きたものとして、把握することはできないであろう。
  • 17歳のマルクスは書いている。「職業は自分を感奮させるか、内なる声が要求するか、自己欺瞞ではないか、経済的な欲望や虚栄などどうでもよい、真実人類の為に働けるか。」と。この決意こそマルクスの一生を貫徹していることを忘れてはいけない。
  • マルクスは内的衝動に基づいて書いた。その分量は膨大であるが、大部分は金にならなかった。1850年次男、52年3女他界、妻は2ポンドを借りて棺をを買う。55年長男他界妻着物を売って棺を買う。病気でも医者にも行けない。妻はマルクスに言う。「いっそ子供たちと一緒にお墓に入ってしまいたい。」資本論はそんな中で書き続けられた。1881年妻イエンニー他界。エンゲルス曰く。「マルクスはあと長く生きられないであろう。」マルクス1883年3月他界。
  • マルクスは素朴な人間が好きで、評価した。マルクスには幸福とは闘うことであり、不幸とは屈従することであった。奴隷根性ほど嫌悪すべきものはなかった。決して完成した人格でもなく、過ちも犯した。
  • プラトンは感性的認識の対象界は生滅無常、理性的認識の対象界はイデアの世界。ルソーは文明否定。ヘーゲルは「精神現象学」で書く。精神は実体ではなく、客体を生み出す主体である。この客体はひとたび生み出されると精神から自立し、これと対立し、逆にこれを規定する。そして精神は自己の否定者である客体を自己の中に取り入れる事によって豊かな内容を持つものとなり、より現実的なものとなる。フォイエルバッハは、キリスト教は人間が自己の本質から生み出したものを自己の外なる対象としてこれを独立させ神とし人間自身はこれに従属したと見る。マルクスの人間論は1844年の「経済学・哲学手稿」における疎外論で最初の展望を開く。
  • 1866年マルクスは娘婿ラファラグに「もう一度私が生まれ変わってきたとしても、同じ事をする」と手紙に書いている。子供の棺桶さえ買えない窮乏に耐えながらマルクスは自分の生き方を貫いた。その生き方とは「完成されたヒューマニズム=自然主義=共産主義=人間と人間との間の抗争の真実の解決=個と類の間の争いの真の解決」と経済学・哲学手稿に書いている。

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