定年後の読書ノートより
「フロム」人と思想 安川一郎著 センチュリーブックス 清水書院
自分は60歳になるまでエーリッヒ・フロムという社会心理学者を知らなかった。安田氏は本書の最後にこのように書いている。

「第2次世界大戦後に登場した思想家の中で、フロムほど多くの人に読まれ、親しまれた思想家は無かった。それはマルクーゼの比ではなかった。例えば「自由からの逃走」は、我が国では100万近い読者を得たと言われる。それが読まれたのは、やはり読者の要求を充たし、共感を与えたからであろう」と。

本書の書き出しがまた面白い。著者安田少年の父は青山で医者を開いていた。大戦直前、一人の米国帰りの患者が足繁く診察にやってきた。謎の雰囲気を持った不思議な男が父と何を話しているのか、少年はそっと薬剤室に忍び込み聞き耳を立てた。この男こそ日本を震撼させたゾルゲ事件の一人宮城与徳であり、やがて父にも投獄の日がやってくる。驚くべきことに、フロムと世紀の大ドラマ、ゾルゲ事件とは、意外な接点を持っていた。

ユダヤ人はヨーロッパで17世紀まで抑圧のゲットー生活をさせられていた。ゲットーを破壊したのは、自由と平等を掲げたナポレオンである。解放されたユダヤ人はやがて金融資本の中核を占拠していく。しかしユダヤの知性は一方で、マルクス主義理論を更に深めんとフランクフルト学派を結成し、現代に数々の研究成果を残していく。そしてナチスの登場。歴史の大ドラマは急激に展開、フランクフルト学派から次々と世紀の哲学者が米国に亡命した。意外、フランクフルト学派にフロムがいて、ゾルゲがいて、マルクーゼがいたのだ。安田氏の筋の展開に胸が踊る。

マルクーゼを論する安田氏は、本書を通じて、フロムの果たしたナチス台頭を許したドイツ中間階級の位置付け解明と戦後「道学者」に変質していったフロムを明確に色分けして問い掛けている。そして、その答えは貴方自身が作品から感じなさいと結ぶ。素晴らしい1冊である。

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