定年後の読書ノートより

現代史を学ぶ、渓内謙著、岩波新書、1995年6月初版
ソ連現代史を研究してきた氏にとって、ソ連崩壊は、何よりも衝撃だったに違いない。本書では学者としての自分史から出発している。誠実な人柄であるに違いない。対照的とも言える男がソ連にいる。ボルコーゴメフという歴史家は、当初スターリン主義を尺度としたペレストロイカ糾弾を進め、ある時期からゴルバチョフ路線に順応したスターリン批判を始め、その基調はレーニンは正しく、スターリンは間違っているという2分法であったが、その後ソ連邦崩壊と共に、ソ連史を全否定し、レーニンもスターリンも一つ穴のむじな論に移動、ロシア革命否定論を唱えているという。この男、かっては軍人であり、政治家でもあり、著名なスターリン主義者であったという。

1938年に刊行されたソ連共産党史は、権力により確定した歴史観であるが、当時は広くこの官製歴史像を期待をもって受け入れられ、特に西欧リベラル知識人はソ連邦を反ナチ戦線同盟者として認識し、スターリンの粛清さえも好意的ないし無批判に受け入れていたことは否めない。

戦中時流に抗して西欧のリベラル知識人と知的連帯感を精神的支柱とした進歩的日本知識人も官製ソ歴史観に好意的または無批判であったことは、決して非難されるべきものではないが、しかしソ連邦崩壊の今日、現代史として隠されてきた暗部のソ連像もきちんと見つめることは大切なステップである。

農業集団化という基礎過程において、共産党と秘密警察の暴力装置が結合し非公式の恣意的権力と農業共同体との対抗から始まり、この過程の中からスターリン主義の政治的権力の悪循環が分泌、やがてロシア30年代の大粛清にいたる事実は今こそ現代史の理念に従って解明されるべきだと著者も自覚する。

歴史的にみて日本の社会科学・社会思想には個別的事実を一般的命題へと蒸留していく歴史的思考とは相容れない「現実からの抽象化作用よりも抽象化された結果が重視される“公式主義”」「理論信仰」が悪影響を及ぼしてきた事実を著者は実感する。日本のマルクス主義が“公式主義”を助長してきたことは異論のない事実であり、これはマルクス主義「特有」なものかと著者は問う。

現代史研究が遭遇する認識上の一般的困難として、認識対象を客観的に把握する為の距離感を持ちにくいと著者はいう。

距離感とは精神的意味での距離を意味する。例えば医師は自分の肉親の治療はしにくい。それは理性が感情を制しきれず、感情移入が先行し、「距離感覚」が持てないからだという。現代史(特に社会主義国現代史)では、歴史的出来事に向かい合うとき、道徳的、党派的態度が観察者の視点を揺るがし、人々は出来事の衝撃を前にして、出来事がおかれている全体の文脈を見失う。

自分達はこれからの世界を見直す為にも1日も早く、民主主義の原則に立ち戻って書かれた社会主義ソ連邦の真実な歴史が知りたい。何故社会主義ソ連邦は崩壊したのか、自分達はまだ何も理解出来ていないのだ。

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