定年後の読書ノートより
人間合格、井上ひさし著、集英社、1990年2月号「すばる」掲載
作家太宰治と、政治家米原いたる氏を語ったさわやか喜劇。主な登場人物は4人。津島修治。言うまでもなく太宰治。小説「人間失格」にみる退廃的な、インテリ作家ではなく、出自に嫌悪感をもち、学生時代からの友人、佐藤、山田等の左翼思想に共感しつつ、大地主の息子なるゆえにいつも兄の目が光り、耐えられないと自己をもてあます人間くさい東北出身の正直作家太宰治。付きまとう実家太宰家からの監視役、中北芳吉もどこか憎めないノーテン男。佐藤浩蔵。この男がむしろこの喜劇の主人公。太宰治の学生時代からの友人。治安維持法違反思想犯として地下に潜り病院、有名料亭板前と身を隠す先ざきで、太宰や友人、山田定一とひょっこり出会う。4人がひょっこり出会う度毎に笑いがあり、しかし時代を真っ直ぐに見つめた厳粛な目もあり、筋金もすっきり通っている。話は明るく面白く、痛快なのが楽しい。

井上ひさし氏の作品はあまり知らない。テレビでみると、ぎょろ目で大きな口、珍しい程の出っ歯で、いかにも東北のおしゃべりおっさんという好印象。藤沢周平の「蝉しぐれ」で、作中ストーリを詳細にマップ化したら、情景描写に3箇所おかしい箇所ありと指摘する、なかなかの粘着質な作家という所までがいままでの井上ひさし像。

井上ひさし氏が新日本共産党宣言で不破哲三氏と対談、朴訥な語りの中から、なかなか良い雰囲気を醸し出している。対談の中で、井上ひさし氏の令夫人は、米原いたる氏の娘であり、米原氏こそ第1高等学校時代に入党、以後敗戦まで地下に潜り、戦後共産党国会議員として活躍した一人。しかも父親は貴族院議員。実兄は西日本テレビ社長や、東大教授等そうそうたるメンバーの家系。米原いたる氏をモデルにした、この佐藤浩蔵なる人物が面白い。太宰治生誕100年記念でこの喜劇があちこちで評判になったとは聞いていたが、このシナリオを読んで機会あれば是非この喜劇を一度何処かで観たいものだと思った。

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