定年後の読書ノートより

山びこ学校、無着成恭編、山形県山本中学校生徒著、岩波文庫

1999/2/7、民間放送連盟製作ドキュメント[山びこ学校と無着成恭]をTVで見た。

懐かしい山本村無着学級作文集[きかんしゃ]で文部大臣賞を受けた江口江一君の作文“母の死とその後”や当時多くの注目を集めた佐藤藤三郎君の作文“ぼくはこう考える”等をもう一度、人生の多くを経験した現在の立場から読み直してみたくなり岩波文庫を開いた。

TVでは、山本村から追い出された無着先生が、その後明星学園でも、テスト教育反対を貫いて教職を追われ、結局僧職に帰依した人生の後半を紹介しながら、無着先生が求めようとしていたものは山本村で必ずしも歓迎されたわけではなかったと報告する。番組では無着先生は何十年ぶりに山本村を訪れ、今は豊かになった山本村を見て、過ぎし日の情熱は、貧乏の中でしか燃え続けられなかったのかと問い掛ける。無着先生にとっては、先生が目下カンボジア貧困山村で進めているボランティア活動にこそ、子供たちを教える喜びが残されているのだろうかとかすかな期待を残して、番組は終わる。

それでは、自分にとって山びこ学校とはなんだったろう。自分は山本村の子供達や、父を亡くした自分の運命におそいかかってきた貧乏に対して強く主張して生きてきた。「貧乏は恥ずかしくないぞ」と。それはそれで正しかったと思う。しかし、大人になった自分が今感じている問題は、次世代の青年達に対し、もう”山びこ学校”の情念では、喚起を呼びかけられないと見通されることだ。

経済は豊かになり、青年達は革命や進歩などに誰も関心はなく、自分が生きている間だけなんとか面白おかしく過ごしていくことに興味を示し、新しい人間を育てるのではなく、自分自身を若々しく保ち、幾らかの目が集まってくることに関心をはらう。

山びこ学校にあった、民主教育のあの情熱は今どうなっているのだろうか。教育現場だけを責めてはいけない。子供たちはすっかり変ってしまった。豊かになったということが、人間を想像以上に替えてしまったのだろうか。

企業ではあらゆる面で管理はますます尖鋭化し、労働組合は働くものの仲間意識すら維持することも困難になっているという。未来の主人公、働く青年達はすっかり白け、幾つかの掛け声にも無関心を押し通し、生活は不景気といえども悲劇性を帯びる様子もなく、さらに自己保存と要求充足を求めて自己の殻の中に没入し、怠惰な時間を過ごすことに誰も規制は出来ないのだと直感している。

君たちはどう生きるか、吉野源三郎氏は差し迫るファッシズムの重圧の中で、真剣に我々に問うた。多くの青年達は、まじめに応えてきた。戦後民主教育がどんなに素晴らしいものであったか、あらためて実感する。しかしどうしたことか豊かになるとは、生きる緊張感も弛緩させてしまうものらしい。

65歳目標寿命を掲げる自分には、矢張り残された時間、せめて清貧を尊び、豊かさに毒されずに生きていきたい。そして清貧の中で学びながら、君たちはどう生きるかを、問い続けて行きたい。

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