定年後の読書ノートより
アレアブックス、マルクスがわかる: 若手学者達33名執筆、朝日新聞社
朝日新聞のPRキャッチフレーズ「本格的なマルクス研究がいまやっとはじまった」。

執筆する若手学者は、1940年、1950年代生まれの若手学者達。全員が、日本の実証的マルクス学はこれからだとの気概で意気盛ん。あくまで学問的研究と前置きしているが、その視点は反権威主義的という使命感を基底に、どちらかといえば、かっての立花隆による文芸春秋的視点。

この本によると、学生紛争で一番厳しい攻撃を受けたのは、講壇マルクス主義だったそうだ。「体制概念を振りかざすマルクス主義者達こそ、現代を真正面から見詰めていない」として、激しい追求を受けたとのこと。小生卒業後のことで、真実は知らないが、もしそうだとすれば当時の学生運動に参加した人達がその後マルクスをどのように捉えて歩いて来たのか、そしてベルリンの壁崩壊を含めて次世代の反体制理念を聞かせて欲しいものだ。

彼ら曰く、資本主義のひとり勝ちは、世界恐慌の可能性を引き出すので、マルクスの恐慌論を再読する必要ある。ここまでは同感。

しかし、彼らの関心は資本主義社会の上部構造にあり、国家の普遍性、価値観の普遍性、文化の普遍性への対抗権力をマルクスの中に読み取ろうとしていると主張しているが、その視点がどうもはっきり判らない。人間をかくも経済的にしている心性問題、すなわち変革主体の「意志」の問題が重要であると言い、若きマルクスに寄せる疎外論の復活か。近代の超克という言葉まで見え隠れする。

彼らは主張する。マルクスにかんするあらゆる問題を調べ、意味不明なこけおどしの分析概念は取り除く。限界があるなら限界があるものとして、もう一度マルクスの考えたことを正直に再読してみたい。そのために概念を19世紀の状態にいったん戻し、現在の研究状況でそれをもう一度再検討してみよう。と。

しかしこの論文の中でも、高橋順一氏は近代日本最良のマルクス主義理解者として小林秀雄を挙げたり、野村真理氏はマルクス父子はユダヤ人から身を転じた一種の裏切り者ではないかとの投げかけたり、石塚正英氏に至ってはマルクスは共産党などイメージしていなかったと言い出し素直にうなずけない箇所が至るところにある。

ゲイ、性転換、マイノリティといった問題について、まっとうに議論をしないマルクス研究ではもう人々の関心を集められないと若手学者はおっしゃる。マルクスの私生児問題を隠そうとしたソ連の体制姿勢、今も苦笑いしかで関心を示せないマルクス主義者達、そんな思想構造では、新しい時代のマルクス主義者ではないと彼等は主張する。

自分には、幾つかの疑問点があるが、いまは彼らの研究成果なるものに、興味を持って見守っている。

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