定年後の読書ノートより
がん告知以後、季羽倭文子著、岩波新書
妻が乳がんで入院、手術を受けることになった。大きな衝撃である。次のメールは、ホームページを通じてお知り合いになったある大学教授に送った自分の心境とその返信ある。

励ましのメール有難う御座います。大きな心の動揺の中で過ごしています。 もし家内に万一のことがあれば自分はもう立上がれないでしょう、程無くして 逝ってしまうと思います。その時はもう1人で逝くことになるのだなと考え、淋しがった り、いやがんは気持ち一つで克服できる、自分が明るく構えている事が大切だと力 んでみたりしています。

妻の素晴らしさはこんな時こそ改めて実感します。それはいつもい つも自分の側にいてくれる事です。自分の側にいつもいてくれる人、なんて素晴らしいことで しょう。 入院までのあと10日間、側にいたい、側にいて一緒にいる幸せを実感しつくそうと 今、この時間を大切に、家内と他愛ない冗談を笑ったり、よくぞこんなに貯めた ねと始めて知る我が家の貯金の実態で家内の功労を誉めたり、しっかり料理法を 教えて貰ったり、入院までの時間が長いのが矢張り嬉しく感じています。


2人の息子に長い手紙を書きました。お父さん達はいつまでも君達の側にいてあ
げたいが、寿命というものがある。どうすることも出来ないのだよ。お母さんの ことは、お父さんが入院、手術、退院まで全力を尽くして看病するから心配しな くてもよい。しかし、お母さんの心のショックをどうか温かい言葉で励まして下 さいと。
あと1週間、今大切な毎日です。


このメールに対して、友人である教授から次の様な返事を頂いた。

私は今日が学会発表ですがその準備の作業 のひとつに「旧約聖書」の「ヨブ記」を読むことがありました.仕事全体からし たらおそらく1割にも満たない程度のものなのですが,あらためて「人間」のあ り方をかんがえさせられました.ヨブは神の気まぐれから災いを受けるのですが 神を恨んだり責めることもなくただ神に「何故」を問おうとします.その時彼は 「私は裸で母の胎内を出た,また裸でかしこに帰ろう」と言います.これ自体は 土から出た人間は土に帰るということなのですが,同時に財産など自分に備わっ たすべてを捨てただ一個の人間として神と争うことを意味していました.それは 自分の心情に徹底して正直になるということでもあります.

 西川さんの文章を読ませていただいて,西川さんが奥様と築き上げてきた心の きづな,そして以前に読ませていただいた「子育てがいちばん楽しかった」とい うお二人の家族への思い,それがそのまま伝わってきます.  「温かさ」「優しさ」」「思いやり」,今の社会のなかで紙屑のように捨てら れてしまっているすばらしいものに溢れている文章でした.そしてそうしたもの をお二人がお子さんも含めてこれまで作り上げてきたことに私は感動しました.


>あと1週間、今大切な毎日です。
 これはどうしても他人の言葉になってしまいますが,雑賀さんも言われているよ うに今はガン,とくに乳ガンは治療法も進んできています.治りますよ.でもこの 時間をどうかお大切に.                           早々

追伸:このメールはプリントして妻に見せようと思います.僕らも西川さんたちの ような夫婦になりたいです.

こんな衝撃の生活のもとで、岩波新書「がん告知以後」を読んだ。

  • 1*がんという診断を知らされたとき、あるいは周囲の人々は否定するけれども、やはりがんだと自分で気づいたとき、誰もが非常に強い衝撃を受ける。やがてその打撃を乗越え、治療を受け、再び家族との生活や社会生活を送れるようになっていくまでの心の中の苦しみは、大変なものだと思う。しかし当事者が感じるその苦しさ、深い心の痛みは、残念ながら例え身近な家族でも、同じように感じ取ることは出来ない。哀しみをわかちあいたい、何とか慰め、励まそうとあせっても、家族は、どうすることも出来ない虚しさを感ずる。
  • 2*例え家族と一緒に生活していたとしても、告知を受けたときの衝撃は非常に強く、気持ちを言葉にして伝える事が出来なくなる。そのような状況の中で、告知を受けた人は、衝撃を自分自身の中に押え込み、自分で対処しようとする。家族や友人と話せるようになるのは、自分自身の心の衝撃の波が、少し鎮まったときである。
  • 3*気持ちは大きく揺れ動き続け、毎日の生活を送りながら、苦しい心の葛藤が続く。告知は終点でなく、長く紆余曲折のある道のりの出発点である。
  • 4*がん告知本来の目的は、衝撃を与えるという事では勿論ない。告知は癌の治療効果をあげたり、病状に合わせて毎日の暮らしかたを適切に調整出来るようにしたりして、がんという病気を抱えながら前向きの姿勢で生きて行けるようにする為のものである。
  • 5*「がんは慢性疾患である」と考えており、その考えかたに基づいて、「病気と共に過ごしながら、より良い状態で生活出来るようにすること」を目標にして援助するように力をおいている。がんは慢性疾患であり、経過が長い事に気付いて欲しい。癌であることを知るのは、その後の貴重な人生を大切に生きられるようにするための患者の権利である。アメリカでは告知後の援助体制として、Ican Copeがある。
  • 6*たとえがんが進行し続けても、症状コントロールを適切に行う事により、生活の幅を広げ、生きがいを感じながら、残された人生の日々を過ごす事が出来る。これがQOLを高める考え方である。
  • 7*がんは慢性疾患であるため経過が長く、ストレスが長期化し易い。ストレスは副腎から分泌するホルモンの量に影響し、ホルモンは免疫系に影響を与える。従ってストレスが長引かないように、対処することが病状経過をよい方向に導く為に重要である。
    1. 十分に運動をする。
    2. 適切に栄養をとる。
    3. 楽しいことをする。(趣味は重要)
    4. 自分が心の中で自分に語りかけていることを見つめる。
    5. 自分自身のことより周囲のことに関心を持つようにする。
    6. 徹底的に話し合う。
    7. 自分が出来る問題解決法を見つける。
    8. 自分の体力の限界をふまえて生活する。
    9. 心身の負担になると思うことを断るようになる
    10. 時には諦める
    11. 前向きの考え方に集中する
    12. 1度に2つのことをしない
    13. 今までどおりに何でも自分で出来るという気持ちをかえる
    14. 1日に1回は心の底から笑う
    15. 適切に睡眠をとる
  • 8*心の中の苦しみを表現しないで抑えているために、患者と家族や友人との心のつながりが離れてしまうことがある。乳房を取る手術は、女性としての性の象徴を失うことである。そのために妻として人生に自信を失い、今までは対等であった夫婦の立場のバランスが崩れてしまったと感ずる気持ちを汲み取らねばならない。一般的に、日本では、病人はこころに思っている気持ちを話さない傾向がある。言いにくさを乗越えて、病人の方から思い切って気持ちを話出せば、家族や友人とも深く気持ちが結びつく。
  • 9*がん告知は、確かに人々に絶望を感じさせる。とくに再発したり転移しとことを告知された時は、命の限界が目の前に迫ったように感じる。しかし現在健康な人でも、命の限界を免れることは出来ない。私たちは喪失体験を通じて大きく成長することによって、だれにとっても限られている残りの人生を、以前より、より豊かに過ごすことができるのである。
  • 10*真正面から死をみすえることによって、生きていることを楽しみ、より多くの人々との素晴らしい出会いを喜び、そして、QOLの高い毎日を、1日1日重ねていくことが出来るのだ。

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