定年後の読書ノートより
ハングルの世界、金両基著、中公新書
まだ日本に万葉仮名が普及していなかった神代の昔、日本に神代文字日文があったという話を聞かれたことがありますか。早稲田大学のある先生が、今も一生懸命に研究されておられるとも聞きました。ところが江戸後期の国文学者平田篤胤に「神字日文伝」という本があり、ここには神代文字、すなわちホツマまたはホツマタエという文字のホツマ字源図が紹介されています。この字源図を見ますと、父字(子音)と母字(母音)が組み合わさって、アイウエオが作られています。詳しく見詰めてみると父字なるものが、ハングルの初声、中声にそっくりで、母字は終声にものすごく似ています。ハングルを知る日本人の誰かが、近世でっち上げたとしか思えません。しかしミステリーを含んだ面白い話です。きっとこの話、古代ミステリーとして何処かに詳しく載っているのでしょう。誰か出典またはこれに関する情報をご存知の方教えて下さい。

ハングルは1443年から3年間かけて、世宗大王が学者達を集めて国字創制、「訓民正音」と名付け公表された。ハングルは中国の音韻学を基礎に、ウラルアルタイ語系の音韻表記を研究、さらに陰陽五行や易学等、東洋哲学も形象しており、さらに生理学に基く極めて科学的な字形を完成しおり、実にハングルは良く出来ている。自分は今一番好きな外国語はハングル、次はフランス語、3番目が中国語で4番目にドイツ語、英語は5番目になってしまう。ロシア語、スペイン語、エスペラント語、今は遠い思い出の中にしかない。

しかしハングルの歴史は平淡ではなかった。世宗大王、民族と民百姓の常用する文字と公表しながら、儒教国家の事大主義的な保守派の猛烈な反対に出逢う。しかし世宗大王、ハングルの普及に優秀な学者達を動員して国家的事業として政治力を発揮した。しかし世宗大王亡き後、政争が続きハングル創制に参加した学者達は次々と失脚。朝鮮朝の権力中枢、両班階層は難解な漢字の世界を重視し、ハングルは婦女の文字に追いやっていまう。ハングルが再活性したのは、19世紀後半、民族意識高揚と共に復活。1896年ハングルの新聞「独立新聞」創刊。民族的主体性を訴える。しかし日本帝国主義による韓日併合は、再び民族の魂を奪う。しかし、日本植民地政策に攻しハングルによる民族の文学を打ち立てたのが、周時経氏。39歳で急逝した彼こそハングル呼称命名者。1920年代、周時経の後継者達は精力的に民族の魂としてハングルを普及。1920年「東亜日報」刊行、民族主義高揚。しかし日本の植民地化政策はハングルを弾圧、1939年ハングル新聞無差別廃刊、学校教材から韓国語追放、1942年治安維持法違反で朝鮮語学会全員検挙、1943年拷問により李充幸氏獄死。そして1945年。日本敗戦、韓国解放。人々は涙声にむせびながらハングルを朗唱した。

ハングルは創制500年にして、始めて国字の正位置につく。ハングルへの思い入れは、我々日本国民の想像を絶する歴史がある。正にハングルは民族の魂である。このハングルを自分の生涯の到達点として是非マスターしたいと目下学習中である。

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