定年後の読書ノートより
日記−十代から六十代までのメモリー−、五木寛之著、岩波新書。
五木寛之氏は「かもめのジョナサン」翻訳者であり、自分は例の「あとがき」の素晴らしさに敬服している一人である。氏は風貌からすれば何処となくニヒリスティックな雰囲気を感じさせるが、氏の考えておられるところ鋭く現代的であり、視点は若々しい。

岩波新書に収められた「日記」は、氏の14歳から62歳までの一つの自分史であるが、さすが上手いなあと感心させられるのは、32歳(1965年)モスクワ滞在の3日間の日記である。崩壊が迫っていたソ連の小さな断面を詩的な筆の使い方であたかもクロッキーの如くまとめられた短文は秀作だ。安定した氏の生活感覚の根底には、若き福岡での高校生時代、大切なのは常に古典から学ぶことだと自己に言い聞かせて、一歩自分を離れて自分を見詰めていこうといている氏の姿勢にも、氏の思考の重心の安定感みたいなものを感ずる。

少年時代、常に家庭問題に対して逃げ腰な父と、ヒステリックな養母の間に入って、この世界からの脱出を書き上げたのが名作「青春の門」なんだろうが、まだ読んでいない。

氏は立松氏と同じく、自己の思索の終着点に信仰の力を持ってきておられるが、あの素晴らしい「カモメのジョナサンのあとがき」を書き上げた五木寛之氏が「蓮如」に何を見つめておられるのか、すごく興味はあるが今自分から直ちに飛び込んで行きたい世界とも感じられず、もうすこし我がこころ行き着くところを自由に徘徊して確かなものを掴みたいものだと考えている。

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