定年後の読書ノートより
河童、芥川竜之介著、新潮日本文学10
この5月、上高地にスケッチ旅行に出かけた。同行の知人が、「河童橋はね、「芥川の河童」にちなんでつけた名前だよ」と自慢げに教えてくれたが、泊まったホテルには明治時代の河童橋の写真があり、芥川が河童を書いたのは1927年、すでに厭世気分から抜け出せず精神的苦悩に迷走する時代の作品であり、知人の話は時代の整合性すらおかしいぞ、正解は作品は河童橋にちなんで書いたはずだと疑った。疑いはすぐ判明した。書き出しに河童橋が出てくる。

話はこんな風に始まる。

3年前の夏のことです。僕は朝霧の下りた梓川の谷を登って行きました。そこで河童と出会い河童の国に連れて行かれました。上高地の温泉宿の側には、河童橋という橋があるのを思い出したが、それから先のことは覚えていません。という書き出しで精神病患者第23号は、河童の国での思い出話を聞かせてくれる。

晩年の芥川は、この頃すでに自己の生涯に絶望していた。芥川は河童の世界に、人間の裏面を皮肉を込めて描き出している。男を追いかける女河童、その女に犯されて唇が腐ってしまった学生河童。演奏会を中断させる官権河童。ナチス優生結婚を皮肉ったと悪遺伝撲滅義勇隊。そして生産手段の機械化が進むことによりはきだされる余剰労働河童は国家の手で有毒ガスを嗅がせて大量殺戮し、その肉を食べる河童社会の合理性と人間社会だって貧困階級の娘を売春婦にしているではないか、人間社会の感傷主義なんてと笑う哲学者河童、資本主義の絶望的宿命茶化し、かつナチスのユダヤ人大量殺戮残虐事件を予感した作家芥川の視点でとらえた昭和2年のシリアスな短編作品。

研ぎ澄まされた頭脳のきしむうめきを耳にしながら、これら芥川作品を若くして鋭く読み解いた宮本顕治氏の「敗北の文学」のあの素晴らしい、若々しい感動を再度思い出した。

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