定年後の読書ノートより
イギリスにおける労働者階級の状態(上・下)−19世紀のロンドンとマンチェスター−エンゲルス著、杉山忠平、一条和夫訳、岩波文庫
マンチェスターを始めて訪れたのは1991年9月22日だった。鉄筋が乱立するマンチェスター駅の高い屋根、さすが19世紀、世界で最も繊維機械工業が進んでいた資本主義最先端の都市マンチェスター、この駅に明治の全権岩倉具視一行が、そして渋沢栄一の命を受けて、大阪紡績創始者山辺丈夫が降立ったかと思うと感動で胸が一杯だった。産業革命を世界で最初に乗り切った都市、マンチェスター駅前にはジェームス・ワットの大きな銅像が立っていた事を思い出す。

駅からマンチェスター科学博物館までは市内を徒歩で歩いた。この町が世界一の繊維産業発祥の都市そう自分に言い聞かせながら。そして、両側に連なる古いレンガ造りの建物から、かってこの町にエンゲルスが紡績工場支配人として住んでいたかと思うとこの地を訪れた感激はまたひとしおだった。1844年、24歳のドイツ人エンゲルスはマンチェスター21ヶ月の実務体験をもとにして、この「イギリスにおける労働者階級の状態」を書き上げた。

産業革命発祥の技術の歴史から始まって、ロンドン、マンチェスターで働く労働者が如何にひどいスラム街に住み、貧しい生活を耐え、そのひどさ、惨めさを具体的に克明に記録し、その中で労働者は資本家にどうしても闘うことによってしか、生きる道は開けないことを読むものに明確に理解させていく、この筆力、これが24歳の青年実業家とはどうしても思えない水準の高さであり、あらためて敬服する。

自分は、この本にのめり込む一方、幾つかの問題意識を持ってこの著作を見つめる。

マルクスの幾つかの本を読む度に感ずるあの思弁的な哲学的難解さは、この本にはない。実に素直に理解出来る。しかも150年も前に書かれていながら労働者を見つめる視点は現在と全く同じである。エンゲルスの作品は以前から判り易さで親しみを感じて来たが、この著作は実に現在の労働者必読の一冊である。

更に問い返す。労働者階級の一番アキレス腱は何処にあるのか。エンゲルスは書いている。お互いの競争にあると。どうすれば労働者は団結出来るか、エンゲルスはこの本ではこの問題に詳しくは触れていない。マルクスはやがて人間疎外の苦しみが、労働者をして自己解放へ向かわしめると説いたこともここでは触れられていない。

もう一つ、労働者と資本家の対立はその解決口が見つからず2者の対立は鋭くなるばかり、エンゲルスはこの本ではやがて暴力革命が、対立の終着点になろうと書いている。しかし、150年の人間の知恵は、社会福祉、民主主義への民衆の合意によって、選挙による民主主義政治は対立必ずしも暴力革命だけが、唯一の解決策とは言えない、むしろ暴力革命によって、一部施政者に握られた権力がその後如何に危険なものになるかは、ソ連、中国の歴史の中で我々は深刻に学んだ。そして今、日本は民主主義の中にある。この大切な土台を我々がしっかりと育てて行くことによって、マルクス・エンゲルスの時代では夢にしか描けなかった民衆の力で、民衆が権力を握る可能性が出来てきたことを自覚し、再度我々はこうした古典をゆっくりと学ぶべきだと思う。

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