定年後の読書ノートより
メリエの「覚え書」:誰に向けて書いたかーフィロゾフ(知識人)と民衆の間でー日大・石川光一著
1999年5月30日神奈川大学で行われた日本フランス語フランス文学会にて発表された研究報告であり、昨年の「18世紀フランス地下哲学研究の現状と展望」の後編としてまとめられたものである。18世紀のフランス啓蒙思想の歴史的意義に関しては、エンゲルスのフォイエルバッハ論や反デューリング論にその思想的背景を知ることが出来る。18世紀フランス唯物論者は理性こそ審判者であるとして、理性にうったえた。18世紀フランス片田舎の司教、ジャン・メリエは、ルイ王朝を頂点とする王侯貴族の政治支配と、「宗教」の美名によってこの政治支配を支え、そのもとに民衆をつなぎ止めていたキリスト教の精神支配という二重の支配に対する激しい糾弾と告発の書を密かに遺していた。この書は当初権力側に押収されたが、最終的に人々の注目するところとなり、特に理神論者ヴォルテールは、「メリエ司祭の遺言集」として要約集を発行した。

本報はこの「覚え書」は誰に向けて書き残こされたかを、実証的に追求した研究である。原文には「Mes chers amis」という呼びかけで17回、「vous votre vos votres等」の呼びかけで400回ほど読者に呼びかけている。これを内容に従って、詳細に分析すると、メリエが語りかけている対象者が4種類に層別されてくる。メリエは先ず@常日頃接していた文盲に近い聖堂区の農民達に書いた。そして、当然ながら、この書を目にするであろう、A糾弾すべきキリスト教神学者達も意識している。ところで自分の名前がやっと書ける程度の農民達に文章で語りかけることは、メリエの声が農民に届かないであろうことはメリエも充分認識していたはず。従って農民に代わる読者として、B知識人達にどのように読まれるかである。しかしメリエは知識人達に期待したのは、農民の代行者という次元ではなく、論争者の対立をより高度なレベルで判定しうる審判者として読み、かつ理論を発展してくれる人として位置づけていた。

メリエは覚え書を文字も読めない民衆に向けて書いているが、その深い所では「賢明で良識ある人々」にメリエの声を託している。そこには旧約聖書ヨブ記に通ずる孤独感に耐えながらも、真理を求め続けるメリエの後姿が浮き出てくる。

以上が石川先生の論文要旨であるが、メリエの覚え書で理性の覚醒を託された知識人は、その任を果たしたのであろうか。ヴォルテール等知識人の活動は、民衆のがわに立って理性を追求し、その歴史的役割を全うしたことを歴史は証明している。

そして最後に現代にかえり、今、知識人に求められている役割を、もう一度フランス18世紀知識人に学ぶべきではないかと、石川先生は書かれてはいない最後の1章で我々に問い掛けている。

(追記)

18世紀のフランス地下哲学・地下文学研究の現状に関しましては、詳細な案内が石川先生のホームページにあります。

是非、このホームページをご覧になって頂き、フランス地下文学についての歴史的背景を御参考にされますと、いろいろな面で有意義かと存じます。

ここをクリックすると読書目次に戻ります