定年後の読書ノートより
ナチズムの時代、お茶の水大教授山本秀行著、世界史リブレット49、山川出版社
ナチズムというと、狂気、恐怖、異常というイメージを持つ。しかし他人事としてではなく、檻の中に入って、当時の人の目の高さでみたらどうなるか。1920年反ユダヤ主義を掲げていた国粋結社は300以上を数えた。そんな時代状況だった。揺らぐ英仏を覆す勢力として米独登場。戦争による価値観の変動、その中からナチズムは生まれた。しかし、当初の主張は国民社会主義と命名するほどナチのイデオロギーは明快ではなかった。ドイツ国民は人口増加と出生率低下に直面していた。生殖や生命を社会的にコントロールする考えは、この当時の一つの科学主義であった。ドイツ人像を美化する為、ナチはユダヤ人像を極端に傷つけて国民の関心を集めた。さらにそこに反共意識を重ね、国民に反ユダヤ、反共意識を植え付けた。その活動方法はパレードで市民の関心を集めるという派手なもので、体制そのものをラジカルに変革するというメッセージを送り続けた。支持層は、農民、手工業者のみならず、階級、階層を越えた。選挙で合法的に政権についたとたんナチは、反共産でテロを仕掛け緊急事態を作り、民主勢力の徹底的弾圧、ナチ一元化につとめた。突撃隊の暴力は、左翼勢力に集中したが、大衆は危機収拾までの一時的なものだろうとむしろ平穏にながめていた。

しかしナチはこの機会に一気に国の方向を転回させ戦争国家を作りあげた。東方生存圏の獲得とゲルマン化のスローガンは1次大戦敗北で失業に苦しむ国民に容易に受け入れられた。ナチの論理は、パイは一定、他国の取り分が大きいとその分ドイツは苦しむと主張した。大衆消費社会に突入した市民はヒトラーの人間像に自分達の願望を投影した。恐怖政治は、ゲシュポタから直に民衆が制圧されたというよりも、民衆密告を基礎とする横のつながりの切断だった。同時にナチは巧妙に人々の小市民生活への憧れを刺激し、これを民衆の一時的陶酔感に利用した。ポスター、旅行、ラジオに時代の雰囲気を見ることが出来る。非政治性、すなわち政治からの自由な空間は、民衆のナチ体制への合意を形成した。ヒットラーは国民に復讐意識を持たせ、戦争はユダヤ人壊滅へと結びつけられた。ホロコーストはヒットラーの意志か、戦争の状況と構造からの帰結か、まだ歴史的考察は続いている。

他国民収奪の上に築かれたナチ政策は決して過去のものではなく、国民懐柔の為の消費物資の氾濫、国民合意の巧妙な回路確保等の諸政策が持っている現代性、高齢化社会を投影することも出来る人種問題処理等を含め、今も、問題は極めてホットである。

歴史教科書副読本として山川出版社リブレットはすでに56冊に及ぶ。資料写真、参考引用文献掲載も豊富、良くまとまっている。ちまたの氾濫する興味本位の本ではなく、こうした確かな本を読み続けたいものだ。

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