定年後の読書ノートより
動物の社会と人間の社会、宮地伝三郎著、リブリオ出版
宮地伝三郎先生の「アユの話」「サルの話」を若い頃岩波新書で読み、すごく面白かったことを思い出す。そして今回は1974年富山県での講演録で、動物学から見た人間社会の見方が晩年の先生の人生観を忍ばせてまた面白いお話だった。

動物は1匹でいると早く死んでしまうが、集団にしておくと長生きをする。アユの世界とサルの世界は本能で生活する社会と文化を持って生活をする世界の違いがある。

アユは自分の縄張りをもって自分の生活をする。しかしアユを入れ替えても泳ぎ方まで同じであり、日本各地、川が変っても、時が経ってもその生態は変わらない。アユの放流には縄張りの広さから計算されるが、もしこの数字以上に放流するとアユは集団生活を始める。しかしアユは同じように育つ。アユの縄張りの広さはえさに余裕を5倍以上もっている。鮎は生活環境をかえてやると少し知恵は付くが、この知恵は子孫には伝わらない。経験を遺伝子の中に伝えることが出来ない、親からも、社会からも何ももらうことが出来ない本能生活型の生き物です。

サルは集団で文化を作っている動物です。社会によって食い物も、食べかたも違う。食べ物の知恵は群の知恵になっている。実証として生後集団から離したサルは順位付けシッポの上げかたも知らず群に入ったとたんにたたきのめされる。

隔離サルを集めて集団を作らせても、集団は出来ない。性交すら出来ない。種族保存行動という生活基本行動も集団からサルは学んでいる。サルは1匹ずつ育てるとサルの社会生活行動が出来なくなる。アユはスキン・イン・マインドであるのに対し、サルはスキン・アウト・マインドで、心は常に社会の中にある。

サルは本能生活ではなく、文化生活である。集団で新しい習慣を作っていくし、こうした習慣は若い者が新たに挑戦し作ろうとし、年老いたサルは保守的になる。アユの如く本能生活する動物と、サルの如く文化生活をする動物の中間に、移行型動物がいる。

鳥は敵から襲われる行動の防衛は親から泣き声で教わっている。サバの中に集魚灯漁法から逃れる知恵をつけたサバがいる。しかしこれは子孫には遺伝されていない。人間は生まれたとき本能に刻まれた行動は少なく、総て社会から学んでいく。人間は文化継承が出来る動物である。人間は文化を形成し社会として限りなく進歩しています。

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