定年後の読書ノートより
上海歴史ガイドマップ、木之本誠、大修館

  • 上海和平飯店北楼11階で食事をしていた。黄浦江を渡る汽船から、突然ボッーと汽笛が聞こえてきた。上海の歴史に身が震えた。かってこのアール・デコキャセイ・ホテルから英国人サッスーン氏は東南アジアを動かしていた。何故か感動がこみあげてくる。上海の思い出は、総て上海の歴史に結びつく。
  • バンド。ジャーデン・マンセン商会のネオ・ルネサンス建築。かって阿片を主取引きとして中国市場に乗り出してきた英国帝国主義の侵略。黄浦江と蘇州河合流点の黄浦公園。犬と中国人入るべからずの掲示は1928年まであったとか。かって坂本竜馬はここで働く中国人苦力をみて、英国帝国主義侵略の脅威を直感。しかし、その後上海を侵略してきたのは日本帝国主義。
  • ブロードウェイマンション。ガーデンブリッジの北に堂々と立つアールデコ22階建てホテル。この上層階からバンド黄浦公園の眺めは素晴らしい。何枚もスケッチした事を思い出す。戦中児玉機関はここで大陸浪人達を暗躍させた。
  • 南京路。上海最大の繁華街。いつもすごい人波。かって憲兵特務として、地下反日工作員を中国人部下と共に探索していた某氏、或る日この南京路でばったりとかっての中国人部下に出っくわした。相手の中国人も目をむいて驚いた。しかし次の瞬間2人は、互いに視線を外した。まだ文化大革命の余熱が残っている上海だった。某氏は今も達者な中国語を生かして上海に駐在中。
  • 錦江倶楽部。フランス租界の緑に囲まれた一角。自分がここを訪れた少し前キッシンジャも、田中角栄も上海はここを宿舎としていたとか。文化大革命の頃は、4人組江青女史がここで、破廉恥極まりない生活を送っていたそうな。立派な屋内プールもあった。尾崎秀実が始めてゾルゲと出会ったのもここだった。
  • 虹口。かっての日本人租界地。ブロードウェイマンションの裏手。虹口日本人租界地周辺は、フランス租界に比較して、ごみごみして如何にも後からやってきた帝国主義といった感じ。この近くに内山完造が書店を開き、魯迅が、尾崎秀実、松本重治、金子光晴、吉行エイスケ、鹿地亘等が住んでいた。
  • 上海第一紡織機械廠は、かっての豊田紡織廠。上棉五廠二一廠もそうだ。現在の米国総領事館は豊田佐吉邸跡であり、今も建物の一部に昔の面影を残す。隣は現在日本総領事館。豊田佐吉は上海最高の場所に居を構えていたようだ。日本人にとって良き時代であったかも知れない。

上海には、遠い思い出が、突然目の前に現れてくるすごさがある。旅をしようと思ったらまずその地の歴史をひも解きなさいと人は言う。上海は正に歴史の中心地。この地を訪れる前に、そしてこの地を一度でも訪れた人は、上海の歴史マップと歴史ストーリの虜になって、歴史のすごさに身を震わしたいものだ。歴史を学ぶ喜び、感激、真実を知る苦しみ、歴史のすごさがここ上海にある。

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