1999年5月26日

西川尚武

孝子

前略、

2人とも変りなく頑張っている事と思う。哲三君は夕食自炊の偏食による栄養バランスの崩れ、研三君は入社早々のストレスアップによる消化不良等無きよう、2人共健康にはくれぐれも充分注意して下さい。

さて、小生は5月中旬上高地のスケッチ旅行を終えて、早速ホームページに旅行スケッチを入力しましたが、見てくれましたか。実はこの旅行から帰ってきた日、お母さんから突然どうも乳にしこりを発見したとの話があり、小生もびっくりし、翌日の技術士会の会議も欠席して、刈谷総合病院外科にて診察を受け、小生も同行しました。医者はしこりの存在を確認、別の日に超音波及びX線検査の段取りを進め、1週間後の本日検査結果の診断がありました。勿論小生も同行、医者から家族の人も同席して下さいとのことで、一部始終を聞きました。結果はお母さんの左乳部に3センチ程のがんがあると告げられ、2人共顔面蒼白になりました。

医者は手術は6月14日としても、検査入院で6月7日には入院準備をして来て下さいとのこと。もしやと心配していたとおり乳がんとのこと。乳がんは君たち2人とも知っていると思うが、がんとしては手術をすれば除去しやすいがんであり、身近に多くの人々がこの手術を受けて、退院後今も元気で働いている人は一杯います。決してこわい病気ではないから、すぐにがたがたしないこと。

幸いすでに小生は会社定年1年をすぎ今は何も仕事をしていないので、お母さんの入院から手術、退院までずっとお母さんの側についていてあげられるから心配しなくてもよい。

しかし、お父さんもこの5月で61才、お母さんは昭和16年7月6日生まれだから57歳、すでに2人の子供を育てあげて、2人の果たすべき責任は終わった人、それだけにいつまでも君たちが刈谷にいたときのごとく、元気で活性化しているわけではない。小生のホームページにも先日まで、自分の寿命は65歳と唱っていたごとく、末弟徳三君も長姉も次弟東亜雄君も皆60才よりも前にこの世から去っていったことを考えると、いつまでも君たちの側にいたいが、寿命というものがあることは知っての通りだ。

母の病気のことを電話で話そうと思ったが、手紙の方が良いかなと思って、手紙を書いた。最初に書いたごとく、お母さんの看病はお父さんが誠心誠意尽くすから君たちは何も心配ない。お父さんに任せておいて大丈夫だ。お母さんはすでに「私乳がんになったわ」とお友達に電話しているが、君たちも激励の電話をくれるとお母さんも喜ぶだろう。お母さんも気丈夫な人だから、乳がんなんぞでしょげかえる人ではないが、本人の精神的ショックは大きい。そして今一番こころ暖まるのは君たち子供達の温かい言葉だ。別に今どこも痛いわけでもなく、元気そのものだ。ただ大きな精神的ショックを乗りきっていつものお母さんに戻ってもらいたい。繰り返すが、お父さんは全力で看病するから何も心配することはない。君たちの温かい心持ちだけが欲しいと思っている。ではまた。

草々